光合成のしくみを解いて地球を救う
※掲載内容は執筆当時のものです。
光合成は地球上全ての生き物の生存を支える反応である
植物やラン藻などの光合成生物は,葉緑体の中にあるチラコイド膜に並んだ巨大なタンパク質複合体によって,太陽光エネルギーを生体が利用できるエネルギーのかたちに変換します。そして,このエネルギーを使って,空気中から取り込んだ二酸化炭素を糖などの有機化合物に変えます。この一連の最初の反応では,反応に必要な電子を得るために水を酸化(分解)するために,光合成反応の副産物として酸素が放出されます(図1)。地球上の生物の中で,酸素を作る機能も,二酸化炭素から糖を作る機能も持っているのは光合成生物だけです。つまり,食料からエネルギーを得て,呼吸をする私たち人間を含めた地球上全ての生物は,光合成に生存を依存していることになります(図2)。それでも,地球上の酸素が生物の呼吸に足りなくなることは無いことからも分かるように,光合成では非常に効率良く水を酸化しています。この反応の効率は人工系では未だ実現できないほど高く,また,エネルギー変換効率についても同様です。このしくみについて世界中の多くの研究者が興味を持ち,1970年代から研究されていますが,タンパク質の構造やしくみがあまりにも複雑で,また,機能を保ったままの研究試料を得ることが非常に難しいために,未だによく分かっていません。
私達は,光合成のしくみ,特に,水の酸化機構とエネルギー変換について詳しく分子のレベルで明らかにすることを目指しています。これまで,研究の進行の問題となっていた試料の不安定さの問題を解決し,更に,構造を変えて機能を調べるために,自由自在に遺伝子組換えできるシステムの構築に成功しました。このシステムを使って,光合成のしくみに関する研究を世界に先駆けて進めています。また,より安全でクリーンなエネルギーを得て現代のエネルギー問題を解決する1つとして,遺伝子組換え等による改変によって光合成能力を更に高め,これを電極基盤に並べた「光合成太陽電池」の開発にも取り組んでいます。
研究の特色
私達は,光合成の中でも,とりわけ水の酸化の研究対象として「光化学系II複合体」(図3)をターゲットにしていますが,これは,20の異なるタンパク質と80以上のその他の分子を結合した巨大で複雑なタンパク質であるため,研究や開発材料に用いるには構造が大変不安定で,しかも複合体の精製が難しいという問題があります。しかし,私達は別府温泉の海地獄から単離された高温で生育するラン藻を用い(図4),更に,遺伝子組換え系を確立させることにより,光合成研究の材料として最適なものにしました。この材料と遺伝子組換え技術を組み合わせて,光合成タンパク質の構造や性質を改変し,化学の知識や様々な分析技術を駆使して光合成機能の解明と開発を目指しています。この技術は私達が世界にさきがけて開発してきたものです。
研究の魅力
これまで謎であった光合成のしくみを解き明かしていくときの「謎解き」には常にワクワク,ドキドキさせられます。その研究の過程では,一緒に懸命に取り組む学生や研究員,共同研究者と感動を共有できます。時には意見の交換時には対立などもありますが,それらを通して成長する学生の姿を見るのもまた,研究の醍醐味でもあります。もちろん,光合成の基礎研究で得られた情報が,深刻な社会問題であるエネルギー問題の解決に貢献できるという点は大変魅力的です。
研究の展望
これまでの私達の研究で,光合成研究のための基盤ができあがり,数多くの遺伝子組換え体を作製して部分構造と機能を変えた光合成タンパク質「光化学系II複合体」を使って,水の酸化のしくみや電子移動の制御のしくみなどについて調べてきました。水の酸化についてはようやく半分くらいが分かってきたところです。今後は完全にこのしくみを明らかにし,最終的には,光合成生物がどのようにして地球に酸素をもたらし,どのようにして効率良く太陽の光を生物が使うことのできるエネルギーに変えているのかを明らかにして,私達の生命活動を支えているのかを明らかにしたいと思っています。更に,これまでに得られた研究成果を使って,光合成タンパク質を改良して,太陽光を効率良く電気に換える「光合成太陽電池」を完成させたいと考えています。これが将来,建物の屋根や車の上に並ぶことを想像して,光合成が地球を救う日を夢に見ています。
この研究を志望する方へ
私や研究室のスタッフは,プロテオサイエンスセンターに所属していますが,学生は理学部化学科,大学院理工学研究科およびスーパーサイエンスコースから研究室に配属されます。
研究に大事なことは,決して学校で良い成績を取ることではなく,「興味があること」,「知りたいと思うこと」,「手を動かすのが好きなこと」です。あなたが私たちの研究に興味があるのでしたら,まずは理学部化学科,もしくは,スーパーサイエンスコース(生命科学工学コース)に入学して,じっくりと基礎を学んだ後,卒業研究を通してあなたの興味に花を咲かせませんか?更に大学院で研究を続ける道もあります。研究室では,いつも元気いっぱいで,ひたむきな皆さんの先輩が日々研究に励んでいます。