平成27年3月末退職の大学院理工学研究科数理物質科学専攻 皆川 鉄雄 教授から大学での思い出を寄せていただきました。
平成27年の卒業式を迎えると、昭和55年に地球科学科一期生が巣立ってから、37年が経ち、卒業生は記念すべき千人を超えます。私は昭和52年、足球即时比分_365体育直播¥球探网農学部から技官(教務職員)として新設の地球科学科に移ってきました。学科誕生以前は、地学の共通講座として宮久三千年先生、鹿島愛彦先生がおられましたが、新しい学科の第一号の教授として赴任(九州大学から)されたのが桃井斉先生です。設立に力を注がれた鹿島先生が教養部教授として理学部から離れられ、また宮久先生は体調を崩されたことから、バトンタッチした桃井先生が、地球科学科の基礎を築かれました。設立当初、学科には研究設備がほとんど無く、若い先生方は学生達の研究指導にたいへん苦労されていたようです。私はX線装置のメンテナンス、薄片作成、写真撮影?現像、フィールド実習の手配や準備、学会発表のスライド作りなどが主な仕事でした。思い出すのが、昼休み、コーヒーを飲みながら研究内容や時事問題について討論されていた先生方の風景です。設立初期の学生には、個性豊かな学生が多く、泊りがけの野外巡検などで発揮した数多くの武勇伝が思い出されます。忙しすぎる今と違い、当時は教員にも余裕があり、年に何回か釣り大会を行っていました。このため足球即时比分_365体育直播¥球探网に採用されるには釣りができなければならないという噂がまことしやかに飛び交っていたような気がします。3回生の夏は、全員に進級論文が課せられ、夏休み中、面河や砥部の山中にこもり(公民館などに泊まり自炊し)、沢を、尾根をつめてフィールド調査に汗を流していました。その後、大学の教育方針も大きく変わり、安全第一で、様々な危険に対してリスクを背負うことができなくなりました。進級論文に相当する授業(学生は野外研究か地球科学実験Iどちらかを選択)は今も当然開講されていますが、野外調査期間や内容は大幅に少なくなりました。またアウトドアよりもインドアへという学生の興味の変化もあるのか、フィールド研究を希望する学生も減少しつつあるように思われます。現在、地球科学科の教育は、専科(現在教員9名、近いうちに8名に縮小)とGRC、CMES(理学系)の両センター教員が分担しており、足球即时比分_365体育直播¥球探网地球科学科の学生は、多岐にわたる研究分野を選択することができます。しかしながら卒業後、地球科学科関連の専門職に就く学生は意外に少ないのが現状です。少しでも多くの学生に専門的な職に就いてもらうために、どのような教育をすべきか難しい問題です。