というのは、学び合いですよね。あれだけの受講者が集まっているわけですから、もう少し時間や機会が多かったら、私の仕事の話をもう少し深くさせていただいていたら、新たな発見が僕の側にもあったんじゃないかなっていうふうに期待しています。リカレント教育が生む幅の広さっていうのは、そういう接点の多さにあるのではないでしょうか。ワンウェイだったら、講義をして終わってしまう、そうではなくて、交流を行うことにより、新たな発見も拾えるし、鍛えられることもある。今回もですが、大人の皆さんの講義後の質問事項は鋭いものが多いので、こちらも真剣に考えて応えないといけないという気持ちになりました。厳しい質問がどんどん飛んでくるので、こちらも鍛えられるんですよ。このプログラムは、今後みなさんのアドバイスを得て少しずつ変えていこうと考えています。そこで隅田会長のアイデアをいただけたらありがたいのですが、いかがでしょうか? やはりフィードバックして、その成果というものを何らかの形で極力測ることができるようにしていく。それがあらゆる仕事の基本だと思いますね。今、徳島県立城西高等学校神山校でも提案していることですが、やはりその成果をトレースしましょうと。卒業生の後を追うことですね。世の中のあらゆる産業は、その後を追っかけて行っているわけですから。そこがないと独りよがりになってしまいます。修了者のその後を10年、20年ずっと見ていくことによって、大きな財産になると思いますよ。その蓄積が、非常に参考の元になる。ただ、お金と手間はかけられないでしょうから、どうやって効率よく修了者とのコミュニケーションを保つかっていうことじゃないでしょうか。インセンティブだったり、動機だったり、お互いにうまい関係を維持していく何かが必要ですよね。 それから、特に民間の人間を幅広に起用していただけると、民間側も研究者側もお互いに産学連携の機会になっていいと思うんですよね。日本の今の大学の授業は、どうしても研究者の割合のほうが、どこも多いですよね。もう少し民間経験者の教員の割合を増やすことが大事かと。たとえば私みたいに同じアイテムの事業を30年、40年やってきている人間というのは、ある意味、研究なんですよね。ずっとその市場にさらされ、ブラッシュアップし、試行錯誤を繰り返した成果が今なので。大学の先生とはスタンスは違いますが、自分のジャンルについては、その成果をもって説明できるんですよ。 幅広く、いろんなジャンルの講師を起用すると、全体観の育成につながると思います。結局、多くの働いている人が、自分が働いているところしか見えなくなってきている。それは全体観が見えないがために、適正な選択肢を逸しているように感じます。この狭視眼的になっているものをいかに広げるか、全体観を持つかということが重要になってくるんですよね。全体観を持つことで、自分の特性、特徴、得意、あるいは自分の居場所もより選択しやすくなる。人の本質が自然体でいるとこうなっていくということを、まず全員が理解することだと思います。 でも既に相当成功されている感じはしますよ。あれだけの受講者が集まっているわけですから。四国でこういったプログラムを開いても、誰も来ないかもしれないというリスクと不安があるわけじゃないですか。お世辞抜きに、大したものだと思いますよ。勇気を持って愛媛大