高感度測定系の臨床応用

研究の概要

みなさんは病院に行くのが苦手ではないでしょうか。病院受診や健診が敬遠される理由として、「採血が嫌だ」、「仕事や子育てが忙しくて行く暇がない」などがあげられています。また、コロナ禍の現在、感染をおそれ、受診控えの例も経験します。もし、自宅から1滴の血液を染み込ませた検査紙や、尿を医療機関に郵送するだけで病気の検査ができるとしたらどうでしょうか。さらに、これらとICTを組み合わせたオンライン診療ができればどうでしょうか。現在、我々はこのような医療システムの開発をめざし研究を行っています。そのために欠かせない技術が高感度測定系です。我々は、世界に先駆けてこの技術のさまざまな病気への臨床応用を研究中で、特に心臓病の検査においては実用前段階にあります。

研究の特色

現在我々が研究に用いている高感度測定系は、当講座の橋田らが開発した独創的な方法で、通常行われている検査の約10倍から1,000倍の高感度で血液や尿中の物質の測定ができます。このような検査の高感度化による利点は主に2つです。 

1つ目は、測定感度が上がることにより、これまでの検査では測定感度以下のため検出できなかった僅かな病気の兆候をとらえ、正確な診断や病状の評価につなげることができます。例えば、1型糖尿病や甲状腺疾患など自己免疫疾患の検査に用いることにより、従来の検査では陰性とされていた症例でも陽性と診断し、適切な治療につなげることが可能となります。

2つ目は、測定感度が上がることにより、極少量のサンプルでも通常の病院での採血と同じ精度の検査が可能になります。例えば、現在我々は、自宅から1滴の血液を染み込ませた検査紙を郵送してもらい、そこから試薬を用いて血中成分を抽出し、超高感度測定系で心臓病のマーカーを解析することにより、医療機関での採血とほぼ同じ精度で検査結果を得ることに成功しています。また、血液中の多くの物質は、一旦腎臓の糸球体というところで濾過され、尿中に出た後、ほとんどが腎臓の尿細管で再吸収され体内に戻ります。そこで、尿細管で再吸収されず尿中に出てきた血中濃度の僅か数%の物質を正確に測定することにより、この物質の血液中での濃度を推定することができます。これにより採血なしで尿サンプルによる病状把握が可能となります。

在宅で自己採取したサンプル解析の流れ

今後の展望

心臓病悪化マーカーの郵送検査については、ICTにより送られる問診や血圧、体重、酸素飽和度などの身体データと併せた遠隔医療への応用研究を開始します。例えば、病院受診は月1回程度であることが多く、次の受診日までに、病状が急に悪くなった場合は緊急入院となり、医療費もかかります。そこで、心臓病のハイリスク患者において、次の通院日までの間に、在宅で採取したサンプルの郵送検査とICTにより送られる身体データを定期的にモニタリングすることにより、患者が在宅にいても早期に病状の悪化を予知し、早期介入することにより緊急入院を防ぐ臨床研究を開始します。

また、国内大手検査会社との共同研究により、世界に先駆けてこの高感度測定系の自動化に成功しました。これにより、この技術がどこでも使用可能となります。そこで、現在は、この測定方法を用いた様々な病気の検査の種類を増やしているところです。

研究の魅力、この研究を志望する方へのメッセージ

医学研究は、細胞や動物実験による基礎研究から臨床応用に発展することが多いですが、実用化され、実際に患者さんの利益になってこそ意義があると私は考えます。医学が日々発展していることは間違いありませんが、一方で、解決できていないことの方が遥かに多いのが現実です。我々は研究者である前に、毎日直接患者さんと向き合う医師であり、医療現場にある問題点がそのまま研究課題となります。従って、患者の病態を的確にとらえて科学的に分析するリサーチマインドがない臨床医ではこれらの問題点を見逃す、あるいは気付いていても放置してしまうことになります。また、臨床医として患者さんにより良い医療を提供するためには、引退するまで常に最新の高度な知識、技術を取得し続ける必要があります。そのためにも臨床医でも研究の経験は非常に大切です。それができなければ、医師という仕事は務まりません。研究に集中できるのは一般診療が終わった夜や診療dutyのない休日となることも多く、正直大変ですが、自分の研究成果を多くの患者さんに還元することができれば、それは何ものにも変え難い喜びになると思います。それをモチベーションに医学研究を続けています。