赤潮と魚病の早期発見?発生予測で持続可能な養殖生産を目指す
※掲載内容は執筆当時のものです。
環境DNAから赤潮?魚病の発生を予測する
研究の概要
愛媛県は海面養殖が盛んに行われており、魚類養殖生産量は全国1位、真珠母貝および真珠養殖生産もトップクラスを誇ります。特に愛媛県西南部に位置する南予地方の海岸は、入り組んだリアス海岸の地形で波が穏やかである一方、年に数回黒潮に由来する『急潮』とよばれるダイナミックな潮流の動きで海水が浄化されることから、養殖漁場に最適な環境となっています。しかしながら、突発的な赤潮や慢性的な魚介類の病気(魚病)の発生は養殖魚介類の大量死や品質劣化を引き起こし、宇和海だけでも年間数億~数十億円の漁業被害が出ていると推定されています。
赤潮は海水中のプランクトン、特に植物プランクトンが増殖して海水が着色する現象です。その中でも有害赤潮プランクトンと呼ばれる種類が増殖すると、養殖魚介類の鰓の損傷などが生じ、魚介類の衰弱や死亡を引き起こします。従来、海水の着色が養殖現場で見られた場合、自治体などの検査機関へ持ち込まれ、顕微鏡で観察して有害種が判定されています。しかし、その時には既に赤潮の海域が漁場に拡大していることも多く、赤潮対応が遅れて大きな被害に繋がることが多くあります。また、魚病においても、養殖場で死亡した魚は検査機関で病理検査を受け、原因病原体の種類などに応じて対策がとられています。しかし、その時点で既に漁場内に病気が蔓延していることも多く、大量死や長期化、品質劣化などへ繋がります。
このような赤潮や魚病は、海水の色や養殖魚介類の様子のみに着目すると突発的に発生したように感じられます。しかしながら実際には、有害赤潮プランクトンや病原体が海水中で低濃度の状態から徐々に増加し、その後赤潮化や症状の顕在化として肉眼で確認できるようになります。そこで、顕在化する前の早期の段階で有害プランクトンの増殖や病原体の発生を発見できれば、生産者は発生前もしくは発生直後に赤潮や魚病への対策を取ることが可能になり、漁業被害の大幅低減につながります。そこで私たちの研究グループでは有害赤潮プランクトンや魚病病原体の遺伝子検出技術を確立し、養殖海域に存在するこれら有害微生物のモニタリングを実施する、赤潮?魚病高感度早期検出システムを開発しました。
研究の特色
顕微鏡観察による有害プランクトンの検査では、検出のためには1mLあたり1細胞以上の細胞密度が必要であり、さらに類似した様々なプランクトンの中から有害種を判別する熟練した技術を要します。また病原体についても非常に小さな生物であることから、光学顕微鏡による検出は困難です。このように顕微鏡では海水中の微生物検出が難しいのですが、その海水にはそこに生息する様々な生物のDNA、いわゆる「環境DNA」が存在していることが知られており、近年水環境中の生物相の把握や生物量の定量などに利用されています。本研究はこの「環境DNA」に着目し、養殖海域に存在する「環境DNA」に含まれる有害微生物の遺伝子解析技術を用いて、赤潮や魚病が顕在化する前の非常に低濃度の段階から有害微生物を検出し、それらの早期発見?発生予測に繋げるという点が大きな特色となります。特に赤潮プランクトンについては、実際に宇和海海域で実施しているモニタリングでカレニア?ミキモトイやコクロディニウム?ポリクリコイデスという有害プランクトンが赤潮になる前からその遺伝子量が増加する様子を捉えており、赤潮の早期検出?発生予測に有効であることが示されました。
本研究ではさらに、情報発信システムで生産者に迅速に情報発信を実施することも大きな目的としています。現在、赤潮の早期検出情報は、愛南町が運営している「愛南町水域情報ポータル」を利用して生産者へ提供しています。また、愛媛県や本学の沿岸環境科学研究センターやおよび理工学研究科と共同で構築した宇和海海況情報サービス「You see U-sea」では宇和海のリアルタイムの水温情報とともに赤潮情報を広く発信し、早期対策につなげられるよう取組を実施しています。
研究の魅力
植物プランクトンや病原体などは肉眼で見ることが出来ないとても小さな微生物ですが、本研究により海洋環境中でのダイナミックな動きを検出できることが魅力の一つです。また、私たちが研究を行っている「南予水産研究センター」は水産業が盛んである愛媛県愛南町に設置されており、水産現場にとても近いことから、地域の生産者や漁協、県や町などの自治体、学内外の研究機関の方々と密に連携して研究を進めることができます。実際にこの研究も地域の生産者の方と対話し、赤潮?魚病対策に関する研究開発を望む声を受け開始した研究で、モニタリングのための定期採水なども現場の方々に協力していただきながら実施しています。このように水産現場の意見を直に聞き、お互いに協力しながら研究を進め、実用化につなげていくことができるのも大きな魅力となります。
今後の展望
これまで遺伝子情報を用いた有害赤潮プランクトンのモニタリングにより、赤潮発生前からの早期検出が可能になりました。今後は、「愛南町水域情報ポータル」や「You see U-sea」で得られた水温や海流、気象など、プランクトンや養殖魚を取り巻く環境条件の変化と合わせて検証し、高精度の赤潮?魚病発生予測システムの構築に繋げたいと考えています。さらに、これら早期検出?発生予測システムをベースにし、早期対応のための赤潮防除剤の開発に取り組みたいと考えています。また、魚病に関しては、病原体遺伝子のモニタリングに加えて、魚類の生理状態の変化や様々な環境DNA等の変化から魚病の発生を予測する研究を行っており、持続的?安定的な養殖業に貢献できる研究をしていきたいと考えています。
この研究を志望する方へのメッセージ
「水産学」というと食卓に上る魚介類のことだけを研究する学問のイメージがあると思います。しかし実際は、魚介類を作り育てるための環境の維持やリスク管理も養殖生産にとって重要な課題になっています。海に囲まれ、水産業を肌で感じられる「南予水産研究センター」で一緒に海洋環境のことを考えてみましょう!