生産の自動化は人から職を奪うのか?

研究の概要

技術進歩と生産性の向上には密接な関係が存在します。例えば、鍬や鋤を使っていた時代から、牛や馬を使う時代、そして、トラクターなどの機械を使う時代へと技術が進歩するにつれて、農作業の効率性は飛躍的に改善します。ですが、同時に農作業に必要な人が減っていくことにもなります。一口に技術進歩といっても様々なものがありますが、このように労働節約的な技術進歩の方向があります。産業ロボット、ICT、AIといった自動化技術(automation technology)は労働節約的な技術進歩の最たるものです。

国際機関であるOECD(経済協力開発機構)のレポートなどでは、近年の自動化技術の進歩により、広い範囲で労働者が職を失う可能性が指摘されています。このように自動化技術の進歩は生産性の改善を促す一方で、労働環境に関する不安もある中、この研究では自動化技術、生産、労働に関して分析を行っています。

研究の特色

研究のアプローチは様々に存在しますが、今回の研究では数理モデルを用いた分析が中心になります。つまり、経済をモデル(ひな形、模型)で表現して分析します。自動化技術をどのようにモデルとして表現するかが重要となりますが、自動化技術の分析する際によく用いられる考え方として、生産を行うために様々な“タスク”を用いた考えを採用しています。

タスクは例えば、事務仕事、組み立て、営業、企画?立案、経営判断などの様々な作業であり、これらのタスクを通して生産活動が行われるという考え方です。タスクには種類が存在し、例えば、行う作業が決まり切っており、自動化がしやすいものから、その都度その都度適切な判断が必要である、あるいは創造性を求められるような自動化がしにくいものなどがあります。このように、自動化のしやすさにはグラデーションが存在します。

タスクを自動化のしやすい順で並べると、あるタスクまでが自動化され、それ以降は労働者によって行われることになります。ここから、自動化が進むとより多くのタスクで労働者が不要になることがわかり、労働需要が減少していきます。このため、自動化の分水嶺がどのような要因によって影響を受けるかが重要になります。

このように、自動化の進展が労働需要に対して負の側面をもつ一方で、自動化が進むことで生産性が向上していきます。そして、よりたくさん生産を行うために、よりたくさんの労働者がタスクを行うために必要になっていきます。つまり、労働で行われる各タスクで労働需要が増加することになり、生産性の向上を通じて労働需要に対して、自動化は正の側面も持つことになるのです。

以上から、生産にタスクを用いるというモデルで考えると、自動化の進展は一概に労働者を減らすとは限らないことがわかります。そして、どのような経済環境や変化によって、自動化の労働に対する正と負の効果の関係が決まるのを分析することができます。

研究の魅力

研究を通して、経済的なトピックの多面性を明らかにすることができます。今回の場合では、自動化は労働を減らすという側面を持っているため、人々の職を奪ってしまうかもしれないという不安に注目が集まります。しかし、自動化は生産性の向上をもたらし労働を喚起する側面も存在するので、必ずしも不安が的中するとは限らないことがわかります。

また、政策に対して示唆を与える面もあります。自動化の負の側面ばかりに注目して労働の職を減らさないために、自動化技術の進歩にブレーキをかけるような政策を行ってしまうと、自動化の生産性の向上と、それに伴う労働需要の増加を大きく損ねてしまうかもしれません。政策の効果をより正確に把握することで、望ましい政策への手がかりを与えることができます。

今後の展望

今回紹介したものはとてもシンプルなモデルです。このため、実際の経済を考える際には、取りこぼしているものもあります。例えば、労働者も様々な種類が存在するので、自動化がされやすいタスクにしか従事できない労働者とそうでない労働者では、自動化によって受ける影響が異なるでしょう。今後の研究としては、自動化と失業の関係や国際的な自動化の進展の影響などの分析、またデータを用いた自動化の効果の検証をしたいと考えています。

この研究を志望する方へのメッセージ

経済学は比較的身近なトピックを扱うことが多いです。このため、普段目にする経済問題に興味がある方は、志望していただけたらと思います。ただ、研究の各アプローチが洗練化されており、数理的な分析をもとめることが多いです。よって、中学?高校での数学をまったく無視することはお勧めをしません。