魚類養殖用のサスティナブルな飼料原料としての昆虫の機能特性の探索とその利用技術の開発
※掲載内容は執筆当時のものです。
次世代の食資源としての昆虫
研究の概要
世界人口が著しく増加する中、動物性タンパクを人類に供給する魚類養殖は、その重要度を増しており、世界的には生産量が著しく増加しています。日本では、海面魚類養殖が盛んであり、愛媛県は日本一の魚類養殖生産額を誇っています。しかし、日本で多く行われているマダイ、ブリ、クロマグロ、ウナギ等肉食性魚類の養殖には、その飼料として食用可能なカタクチイワシをはじめとする多くの天然魚由来の魚粉の使用が必須であり、その必要量は養殖産物の数倍にも及びます。この事実は、環境負荷の観点から大きな問題となっています。この状況を克服するためには、魚粉に代わるタンパク源の開発が必須です。
魚粉削減の取り組みの多くは、魚粉の削減分を植物性タンパク質で補う方法が主流です。海面養殖の主流であるブリやマダイなど肉食性魚類の飼料中の魚粉を大豆やコーングルテン等植物性原料に置換える場合、動物性タンパクと植物性タンパクのアミノ酸組成の違いを考慮する必要があります。
実験的には必須アミノ酸やアミノ酸誘導体のタウリンを補正することにより養殖飼料中の魚粉を植物性タンパクに置きかえることは可能です。しかし、実際の養殖現場で植物性タンパク主体の養殖飼料を使用した場合、養殖魚の疾病の増加や著しい成長の個体差等が起こり、植物性タンパク原料による魚粉代替飼料の本格的な使用への課題は多く存在します。
昆虫は最大の動物門であり、そのバイオマスは、全人類の15倍を超えるものと推測されています。しかし、この“昆虫”は、地球上で一部の例外を除いては、タンパク資源として、ほとんど活用されていないのが現状です。魚粉の使用が危ぶまれる中、昆虫を魚粉に代わる動物性タンパク源として使用することも、今後真剣に検討すべき時期が来ています。
私たちは、昆虫由来のタンパク源(昆虫ミール)を魚粉に代わる飼料原料として実用化することを目指して研究を行い、昆虫ミールを含有する養殖飼料の開発を行って来ました。その開発の過程で、ある種の昆虫には、魚類を含む様々な動物種の免疫系を活性化させる機能性の多糖が存在することを、世界に先駆け発見しました。特にカイコから単離した機能性多糖をシルクロースと命名し、その魚介類に対する作用を解析したところ、耐病性の向上のみならず、養殖魚のストレス改善、肉質の向上等様々な機能を有する物質であることが判明しました。現在この研究成果を、愛媛県をはじめとする魚類養殖に広く普及させることを目指して、研究活動を行っています。
研究の特色
私たちの研究グループの特色は、昆虫の機能性に着目したところです。私たちが発見した昆虫に含まれる機能性多糖は、魚類の免疫系に作用し、耐病性を向上させるとともに、脂質代謝や酸化還元系に作用することにより、養殖魚のストレスの低減や、身質の改善等の効果をもたらし、昆虫ミールの付加価値を高めることに貢献できます。
研究の魅力
昆虫ミールは、単なる魚粉の代替物ではなく、昆虫にしかない様々な機能性を有しています。この機能性は、バラエティーに富んでおり、私たちの予想をはるかに超えています。新しい機能性との出会いは、科学者としての探究心を刺激します。
今後の展望
2022年6月に太陽石油株式会社の寄附により、昆虫の飼料化を目指した寄附講座「昆虫の飼料利用科学研究室」が農学部に設立されました。この研究室では、飼料用の昆虫ミールの原料としてチャイロコメノゴミムシダマシの幼虫であるミールワームに着目し、ミールワームの効率的な生産方法の開発と養殖飼料としての利用技術の開発、さらにはミールワームに含まれる機能性物質の解析を行い、ミールワーム飼料生産事業に向けての基盤となる技術を開発することを目指しています。
この研究を志望する方へのメッセージ
これまで食料資源としてほとんど着目されて来なかった昆虫は、持続可能な食料生産を支える重要な資源となる可能性が高くなってきました。しかし、実際に昆虫を食料および飼料の原料として広く普及するためには、多くの解決すべき課題が山積みです。これらの問題の解決には、様々な学問分野からの基礎的な研究が必須です。この分野での若い研究者によるチャレンジングな研究活動が、地球環境にやさしい食料生産の発展に繋がると考えます。