化学物質の生態毒性およびリスク評価

研究の概要

我々は、化学物質による恩恵を受けている一方で、非意図的に化学物質を環境中へ放出しています。その結果、環境汚染や野生生物に対する悪影響を引き起こしている可能性があります。米国化学会が発行しているChemical Abstract Service (CAS) では、現在2億種類以上の化学物質が登録されており、化学物質の生態影響評価の必要性は激増しています。そこで、我々の研究グループでは、主に水圏生態系に生息する野生生物や実験動物を対象として、化学物質の毒性(有害性)影響とその濃度を明らかにし、環境中存在(ばく露)濃度と比較することで、生態リスクを評価しています。一方で、化学物質をばく露した生物個体の遺伝子やタンパク質などの発現解析(in vivo評価)、培養細胞などの試験管内試験を用いた解析(in vitro評価)、コンピューターによるシミュレーション解析(in silico評価)など、これら先端テクノロジーを駆使することにより、化学物質の潜在的な毒性メカニズムの予測?解明を試みています。これらの知見を基盤として、生態系保全?管理手法の確立に貢献することで、ウェルビーイング(well-being:個人や社会などのよい状態のこと)の向上を目指しています。

研究の特色

化学物質の生態毒性試験は、藻類、甲殻類、魚類などの水生生物を用いて致死毒性などの影響が評価されていますが、生物多様性や毒性感受性などを考慮すると、これら限定的な水性生物を用いた影響評価だけでは十分ではないと考えられます。また、化学物質の毒性は、致死以外にも、成長阻害、繁殖阻害、免疫毒性、神経毒性、発がん性など様々であるため、より多角的な影響評価が求められています。本研究の特色は、従来から使用されている試験生物に加えて、絶滅や個体群減少が指摘されている刺胞動物、甲殻類、魚類、(水棲)哺乳類などを対象として、多角的に化学物質の毒性影響を評価することに加え、in vivoin vitroおよびin silicoの先端テクノロジーを駆使した解析により、化学物質の毒性発現メカニズムの解明にまで踏み込んだ研究を行っている点です。

研究に使用しているミナミメダカ
 

研究の魅力

生物を用いて化学物質による異常を検知するためには、正常な状態の生物を知ることが極めて重要です。我々の研究グループでは、試験生物として世界的にも飼育?維持管理の事例が少ない刺胞動物や海産甲殻類などを対象として、基礎生物学的な知見を得ながら、化学物質による異常の判断?検知を行っています。謎に包まれた生物の魅力を知ることで、生物の異常を正確に判断することが可能となります。

一方で、化学物質は未知の毒性影響を示すことがあります。生物に対する異常(毒性)がどのようなメカニズムによって発現しているのかを明らかにするため、オミクス解析といった網羅的な遺伝子やタンパク質の発現解析技術によって、その予測を試みています。例えば、これまでに、農薬や工業用化学物質などが造礁サンゴの白化、海産甲殻類の脱皮阻害、魚類の繁殖阻害などに及ぼす影響とそれらの毒性発現メカニズムの一端を分子レベルで明らかにしてきました。

以上で得られた結果を人工知能(AI)などに学習させることで、化学構造の類似した物質の毒性影響を予測することも可能になります。また、毒性影響に関与する遺伝子やタンパク質などの生体分子が同定できれば、現在2億種類以上が登録されている化学物質がその生体分子に作用するかどうかをin silicoで評価することができます。結果として、莫大な数の化学物質のなかから、優先して環境モニタリングやリスク評価を行う必要のある物質を選定することが可能となります。

現在社会的にも注目されている環境汚染物質PFAS(黄色のポケット部分に位置)と生活習慣病に関与するタンパク質とのin silico結合シミュレーション

今後の展望

本研究は、近年発展してきた高速ゲノム解読技術やハイスループットなin silico?in vitro試験法、包括的?統合的な多階層オミクス技術を最大限活用しており、莫大な化学物質から有害化学物質をスクリーニングし、生命システムの異常を網羅的に検知?評価するための新規かつ高度化した生態毒性試験法の構築に寄与することが期待できます。

近年、経済協力開発機構(OECD)は、従来のin vitro?in vivo試験に加えて、in silico解析やビッグデータの解釈?統合のための新規なバイオインフォマティクスツールで得た知見を化学物質の安全性評価に適用することを模索しています。また、米国環境保護庁(USEPA)や欧州化学品庁(ECHA)などでは、ハイスループットなin vitro試験、定量的構造活性相関(QSAR)などのin silico解析を用いた新たな評価手法(New Approach Methods: NAMs)の活用が進められています。本研究は、これらの推進にも大きく貢献することが期待されます。

この研究を志望する方へ

この研究分野に興味を持ち、化学、生物学、環境学など、多岐にわたる学問分野の知識を統合して課題解決に取り組みたいと考える方を歓迎します。最先端の技術を学び、それを駆使して地球規模の課題に貢献したいという熱意のある方、一緒にウェルビーイングな未来を創造しませんか。

当該教員の研究室ホームページは、以下から閲覧できます。

「足球即时比分_365体育直播¥球探网大学院農学研究科生態系保全学研究室」ホームページ