新しい視点から音楽の物語を紡ぐ

研究の概要

音楽に関する研究は、実技や実演の実践的な側面からの演奏研究と、音楽学や音楽教育学など学問的な側面からの学術研究に、大きく分けることができます。音楽の発展にはどちらも重要で、各分野の往還によって音楽の意味や価値を深めていくことができます。これまでの時代、各分野のプロフェッショナルは多くいましたが、両分野を一人で担う人材は多くなく、特に管楽器の分野ではほとんどいませんでした。私は新しい世代の研究者として、両分野をつなぎ、新しい音楽の見方を提案できる人材になれるよう、フランスと日本で研鑽を積んできました。現在は学術研究では、19世紀フランス音楽における軍楽隊や管楽器について、その歴史やレパートリーを研究しています。演奏研究では、クラリネットの演奏表現の追求をしています。特に、弦楽器の作品をクラリネットで演奏する上での身体の使い方やよりよい表現方法を研究しています。今回は学術研究について紹介します。演奏研究の成果はぜひ演奏会などでお聴きください。

演奏会の様子

研究の特色

これまでの西洋の芸術音楽の歴史はピアノ、オペラ、管弦楽の作品や作曲家を主語にして語られてきました。しかし、現実の世界ではもっとたくさんの音楽実践が行われています。その中でも管楽器や軍楽隊については、どんな所で、どんな人によってどんなふうに演奏され聴かれていたのか、未だに分からないことが多くあります。そこで、当時の音楽雑誌や新聞、残された楽譜や演奏記録、フランス国立図書館での資料調査(写真 1)などから、当時の様子を探っています。19世紀中頃フランスではサクソフォンが誕生し、それまでの管楽器も改良され、管楽器の技術も向上しました。それに伴い、楽器編成も試行錯誤され、現在の吹奏楽の形に段々と近づいてきます。一方で、軍楽隊は戦いの場面だけでなく、一般の市民に向けた野外演奏会や外交の手段としても活躍するようになり、国際コンクールも開催されています(写真 2)。レパートリーは管弦楽作品の編曲物が多く、当時限られた人しか聴くことのできなかった芸術音楽を一般市民へと普及させるメディアとしての役割も担いました。

写真1:フランス国立図書館音楽部門の部屋の様子
写真2:1867年国際コンクールの参加団体
? Source gallica.bnf.fr / BnF ?

研究の魅力

この頃の軍楽隊は芸術という観点からすると音楽的価値はそれほどないかもしれませんが、管楽器の発展や、市民生活と音楽という観点からすると価値のあるテーマです。まだまだ分からないことも多いですが、逆に分からないことを自分で明らかにしていく楽しみがあります。フランス語で歴史はHistoireですが、この言葉には物語という意味もあります。つまり「歴史」は誰かによって語られた「物語」でもあります。そのため私の行っている研究は、埋もれてしまった軍楽隊の物語や管楽器の物語を紡いでいることになります。これらの研究を通して、人々の生活を彩り、豊かにしてきた、多様な音楽実践の一端を明らかにできたらと思っています。

今後の展望

音楽ジャンルの境界は実際には緩やかなもので、お互いが関わり合って共存しています。軍楽隊はレパートリーや楽器編成の面で芸術音楽からの影響を大きく受けていますが、逆に芸術音楽は軍楽隊からの影響は何かないのでしょうか。私は元々、近代フランス音楽の大作曲家C.ドビュッシーとロシア音楽の関係を研究していました。ドビュッシーは軍楽隊の作品は残していませんが、軍楽隊からインスピレーションを受けた痕跡が見られます。今後は、今日の吹奏楽の形に軍楽隊がどのように近づいていくのかを深めるのと同時に、ドビュッシーや芸術音楽への影響にも研究の範囲を広げていきたいです。

この研究を志望する方へのメッセージ

学生には私自身の演奏研究や学術研究を通しての知見から、音楽に対して幅広い視点から向き合えるよう指導しています。教育学部音楽教科ですので、将来、音楽の先生となる学生たちには音楽のもつ多様な面白さをまずは感じてもらいたいと思っています。学生の学習の成果として、新しい鑑賞授業実践を研究したり、演奏面では国際コンクールや全国大会で入賞したりする学生もいます。ぜひ、自分の好きな音楽がもっと好きに、もっと面白くなるよう、一緒に研究していきましょう。