RNAを自在に操って、細胞を制御できるようになりたい
※掲載内容は執筆当時のものです。
RNAの構造と機能を紐づける
研究の概要
つい最近、「RNAって知ってる?」と私の娘に聞くと、「知っているよ。ワクチンに使われているやつでしょ?」という答えが返ってきました。一昔前なら、「RNA?なにそれ?」だった状況が、足球即时比分_365体育直播¥球探网のmRNAワクチンの普及によって一変し、今やRNAという言葉は一般の方々にも広く認知されるようになってきています。

2010年頃の細胞の分子生物学という教科書には、「すべての細胞は遺伝情報の記されているところを転写して同じ情報を持つ中間体(RNA)をつくる」と書かれています。RNAに写し取られた遺伝情報を元に、リボソームというタンパク質合成装置がタンパク質を合成します。この遺伝情報の流れをセントラルドグマと呼びます(図1)。すなわち、当時の教科書には、RNAは、「遺伝情報の単なるコピーである」と定義されています。しかしながら、近年の研究によって、RNAは様々な機能を持っていることが明らかになってきました。例えば、2024年のノーベル生理学?医学賞の受賞研究は、マイクロRNAと呼ばれる小さなRNAの発見でした。マイクロRNAは、細胞内のタンパク質合成を制御する機能を持っています。タンパク質合成を制御することのみならず、RNAは、遺伝情報の複製?転写に関与したり、免疫に関与したり、細胞内の代謝物の量を制御したり、ゲノム編集に関与したりと、多くの機能を持っていることがわかってきました。さらに、RNAの中には、タンパク質と同じように触媒活性を持つものも存在します。すなわち、RNAは、遺伝情報と触媒活性を持つ唯一の生体分子です。したがって、現在の知識を考慮すると、「全ての細胞は、ゲノムDNAの大部分からRNAを写し取り、写し取られたRNAは遺伝子発現とその制御機構を担う」とRNAを再定義できます。私は、そんなRNAに大変魅力を感じでいますが、その一方で、RNAにはまだまだ機能が隠されていると考えています。そのため、RNAの未知なる機能を明らかにするべく、研究に取り組んでいます。
研究の特色
RNAの機能を明らかにするためには、RNAの構造を分析する必要があります。なぜなら、構造が機能を決定するからです。タンパク質の構造を例に挙げると、緑色に発色する緑色蛍光タンパク質(GFP)は、β-バレルと呼ばれる特徴的な構造の中に、セリン-チロシン-グリシンから構成される発色団(クロモフォア)を形成するため、緑色に発色します(図2)。RNAもタンパク質と同じように、特徴的な構造が多様な機能を生み出しています。

私の研究目標は、RNAの構造から機能を完全に予測することによって、未知の機能を持ったRNAを発見できるようになることです。それは、2024年時点ではまだまだ実現に至っていません。RNAの構造から機能を予測するためには、「どのようなRNAの構造がどのような機能を持っているか」の紐付けを行う必要があります。そこで私は、RNAの構造に着目し、細胞の中でRNAがどのような構造を形成するかを、次世代DNAシーケンスという技術を駆使して分析しています(写真)。

コンピューター上で、RNAの構造を予測する場合、最小の自由エネルギーをもつ(最安定の)構造を予測します。しかしながら、細胞の中には、他の細胞内物質、例えば、タンパク質、代謝物、金属イオンなど、色々な狭雑物が存在しており、それらがRNAの構造に影響を及ぼします。したがって、細胞の中でRNAは、必ずしも最安定の構造を形成しているとは限りません。そこで、化学標識法という方法を使うことで、細胞中のRNAの構造に関する実験データを集めます。私は、この実験データをコンピュータ上でのRNAの構造予測に加えることで、細胞中のRNAの構造を予測する技術を開発しました(図3)。この方法を使って細胞中のRNAの構造情報を収集し、構造と機能の紐付けを行っています。最終的には、得られた知見をもとに、有用な構造機能を持ったRNAを発見(あるいは合理的に設計)する方法を開発し、そのRNAの機能を利用することで細胞を自在に操る技術を作りたいと考えています。

網羅的RNA構造予測法
研究の魅力
研究は、「巨人の肩の上に立つ」と喩えられます。すなわち、「これまでの発見の積み重ねの上に立って、物事を捉えることで、さらに新しいことを発見する」ということだと思います。何か新しいことを発見しようとすると、その道のりのほとんどは、大変なことばかりです。色々と研究のアイデアが浮かんできますが、実際に実験を行っても上手くいかないことが多いです(実験に協力してくれている学生さん、すみません!)。それでも、失敗を重ねていくうちに今まで気がつかなかったことに気がつくこともしばしばあり、それによって小さな新しい発見もあります。これは子供の頃に、新しいことができるようになって感動したときの感覚に近いものがあります。そういった感動をずっと味わうことができることは、研究の魅力の一つだと思っています。研究者にエネルギッシュな人が多いのは、そういう感動を日々味わっていて、子供心でいられるからなのかもしれません。また、自分の興味をより深く探求できるということも研究の魅力です。私が研究対象としているRNAは、これまでに10回以上、ノーベル賞の受賞対象研究となっていますが、まだまだ発展途上の分野であり、日進月歩で研究が進んでいます。私もその一端を担えるように当該分野の発展に貢献したいと思っています。なにより、これからどんな新しい発見があるのだろうかと思うと、ワクワクが止まりませんし、それが研究のモチベーションになっています。
今後の展望
先にも書きましたが、私の研究目標は、RNAの構造から機能を完全に予測できるようになることです。それによって、新しい機能を持ったRNAを発見?創出します。そのRNAを細胞に導入することで、細胞を自在に操る技術を構築します。この技術が完成すれば、さまざまな分野への応用が期待できます。わかりやすい例を挙げると、RNAを使うことによって、がん細胞などの特定の細胞を区別?死滅させることができるようになるかもしれません。また、RNAを使うことによって、細胞中で特定の化合物を作らせることができるようになるかもしれません。その一方で、本研究をこのような応用研究へ発展させるまでには、かなりの研究時間と労力が必要です。まずは、RNAの構造と機能の紐付けを行い、着実に研究を進めていきたいと思います。また、膨大な数のRNAの構造と機能を処理するために、人工知能を使ったRNAの分析法の開発にも着手しつつあります。最新鋭の技術を取り入れることで加速度的に研究を進めたいと考えています。
この研究を志望する方へのメッセージ
まず、若い人たちに向けて伝えたいことがあります。それは、「広い視野を持って、何事にもチャレンジして欲しい」ということです。私にとっての大きな挑戦は、博士号の学位を取得した後、米国に研究留学したことでした。留学当初、決して英語が得意でなかった私にとって、海外での生活はかなりのストレスでした。しかし、1年もすれば言語の壁はそんなに気にならなくなり(開き直った?)、研究に集中できるようになりました。また、海外生活に刺激され、かつ、日本を客観的に見ることができたことが、今の私の糧になっています。最終的に5年間、米国にいましたが、海外生活があまりにも楽しかったので、帰国直前は、こんなことなら、もっと早く日本を飛び出しておくべきだったと反省しました。私の恩師も、「人生、2択で迷ったときは、困難な方を選択しなさい」と言っていました。皆さんは、これから色々な困難や壁に直面することがあると思いますが、失敗を恐れず、自信を持って挑戦してください。そして、この記事を読んで、RNAについて、興味を持ってくれた方、ぜひ一緒に研究をしましょう!
参考
足球即时比分_365体育直播¥球探网応用生物化学研究室ホームページ
足球即时比分_365体育直播¥球探网?堀研究室(応用生物化学研究室)Instagram