n次元球面について考える

研究の概要

私は幾何学、特に測度距離空間の幾何学の研究をしています。幾何学は図形や空間の性質について調べる学問です。現代幾何学の研究に現れる空間の典型例としてはn次元球面が挙げられます。n=1のときは円周です。円周は線なので1次元です。n=2のとき、すなわち2次元球面は誰もが思い浮かべるいつもの球面です。球面は面なので2次元です。n=3のとき、3次元球面は身近な例で例えることが難しいのですが数学的には存在します(数式で具体的に書けます)。球面だけでも次元や半径を変えるといろいろな種類があるので、一つの空間を考えるのではなく、空間の列を考えることができます。数列の場合は極限値を考察できますが、同様に空間列の場合も極限空間を考えることができます(まさにこの記事の企画の最先端研究紹介「infinity」に沿っています!)。直感的に分かるのは、半径が1/nの2次元球面の列の極限空間です。すなわち、半径が1、1/2、1/3…という列になっている2次元球面の列を考えます。このとき、極限空間は1点になります(図1)。一方、半径を固定して次元の方を動かすとどうなるでしょうか。すなわち、半径は1のまま固定して、次元を1、2、3…と上げていくような球面の列の極限空間はどうなるでしょうか。これは収束をどのように定義するかにもよるのですが、M.Gromovの導入した集中位相(concentration topology)によって与えられる収束の場合は、なんと極限空間はただ一点からなる空間になります(図2)。これはP.Lévyの研究に基づきV.Milmanによって提案された「測度の集中現象」(the concentration of measure phenomenon)に由来しています。

図 1
図 2

このように空間列の収束を考察し、その極限空間がどうなるかや極限空間の性質について調べることが、測度距離空間の幾何学のひとつの方向性です。

研究の特色

高校生の皆さんは、図形と確率を別々の単元として習っていると思います。しかしながら実際のところ数学の分野はお互いに関係し合っており、中でも図形の面積と確率には深い関係があります。思い出してみると、例えば正規分布から確率を求めるときにはグラフで囲まれる領域の面積を計算していましたね。私の研究している「測度距離空間」の「測度」とは面積や体積の一般化であり、確率論の厳密な定式化も測度を用いて行われます。図形を研究する際に、面積や体積を素朴に考えるだけでなく、測度にまで一般化することで図形の幅が広がり、図形たちの極限操作などの取り扱いが無理なくできるようになります。測度論の観点で考察することで、図形や空間を調べる際に確率論的な手法を用いることができることも特色のひとつです。

研究の魅力

「測度距離空間の幾何」という分野は数学や幾何学の長い歴史の中でみると比較的新しい分野であり、他の分野に比べると前提知識が少なくても研究を行うことができます。また、このような背景があるので基本的な性質であってもまだ世界の誰も知らないということが少なからずあります。素朴な概念を自分で試行錯誤しながら考えて、目の前にある面白い現象をうまく捉えられるととても面白いです。特に、日常生活ではなかなか明示的に考えることのない「高次元空間」が少しずつ「みえる」ようになってくるのはこの分野ならではの面白さだと思います。

今後の展望

測度距離空間の収束の性質について今後も掘り下げて明らかにしていきたいです。特に意外な空間列が意外な極限空間に収束するような例をたくさん見つけたいと思っています。また、測度距離空間上の等周不等式にも興味があるので、具体的な空間について等周問題に新しい手法でアプローチできればと考えています(図3)。

前衛的な幾何学を専門にしたので、伝統的な微分幾何学(リーマン幾何学や複素幾何学など)の研究から少し離れてしまっていることを少しだけ気にしています。いつかは伝統的な微分幾何学と深く関係のある研究を行ってみたいとこっそり思っています。伝統的な微分幾何学の問題を測度距離空間の幾何学の観点を用いて解くことができれば理想的です。

図 3

この研究を志望する方へのメッセージ

私は、幾何学や数学を学んでいてこの概念はすごいと思ったことが何度もあります。また、いままでよく知っていると思っていた実数や関数といったものも、大学で専門的に学ぶとより解像度が上がって、見え方や考え方が、ときには少しずつ、ときにはガラッと変わってきました。ふわっと理解していたものが段々と地に足がついてきて自信を持って説明できるようになるのは自分の成長を実感できます。一方、数学は難しすぎて分からないことが沢山でてきますが、色々な方法を試しながら分からないことに挑戦するのもまた数学を楽しむひとつの醍醐味かなと思います。諦めなければ意外と理解できる日が来るかもしれません。

高校生の皆さんは、幅広く色々なことを学んでいると思います。学んでいくうえで「気になったことをとことん調べ試行錯誤すること」と「学問を面白いと思う心」を大切にして進んでいくと、きっと素敵な経験がたくさんできると思います。数学の面白さ、深さはinfinityです。