プラズマ生命科学の世界
※掲載内容は執筆当時のものです。
「プラズマでiPS細胞樹立から育種まで医療?バイオに革命を!」
プラズマは物質にエネルギーを加えてつくり出した電離気体で、電子やイオン、さまざまなエネルギー状態の原子や分子から構成されています。この複雑性故、プラズマを上手く制御することで物質の分解や合成、発光などさまざまな機能を利用できます。私の研究室では、プラズマの応用や計測診断、プラズマの発光に端を発した照明に関する研究を進めています。中でも最近我々が力を入れて取り組んでいるのが「プラズマ遺伝子導入法」の研究です。
遺伝子導入とは、細胞内に任意の遺伝子を人為的に導入して新しい遺伝形質を持つ細胞や、それらの細胞由来の個体を作製する技術で、医療分野では遺伝子医療やiPS細胞を用いた再生医療、農業分野では育種や品種改良などで利用されています。現在、実用化されている技術には発がんのリスクが残るなど臨床に使うには問題があります。
プラズマ遺伝子導入法は、放電プラズマを細胞に照射して遺伝子を細胞に導入する新しい手法です。この手法は、ウィルスを使わないため発がんのリスクは無く、化学薬品を使わないため細胞の機能障害のリスクも有りません。そして、直接細胞に電流を流さないために細胞へのダメージも少ないため、従来手法に代わる安全な手法として期待できます。これまで重ねてきた研究により、培養プレートを介しマイクロキャピラリー電極と対向電極間にプラズマを生成することで、遺伝子導入率と細胞生存率を高レベルで両立できるようになり、実用化まであと少しのところまで来ています。
研究の特色?魅力
プラズマで遺伝子が導入できることは大手製薬会社で発見され知財化されました。この製薬会社からスピンオフしてプラズマ遺伝子導入の知財を継承したバイオ医療のベンチャー企業とプラズマ用電源のメーカーそして我々の三者で強力なタッグを組んで実用化に向けた研究を進めています。2015年の4月からは、電源メーカの寄付により「プラズマ?エネルギー応用学講座(Plasma and Energy Application Research Laboratories : PEARL講座)」という寄付講座が設立され、ベンチャー企業からバイオの専門家の佐藤晋先生を招聘教授に迎えて、原特許の知財をベースに研究を進めており、パイオニア的存在で世界をリードしています。
我々の研究室と寄付講座のPEARL講座は理工学研究科の電子情報工学専攻(工学部電気電子工学科)に属しており、基本的には”電気”が専門ですが、プラズマ遺伝子導入の研究は”バイオ?医療”についての知識も必要な異分野融合の学際的研究であり、まさしく広範な分野にわたって学び、経験することができます。電気屋だけでもバイオ屋だけでもできない、融合分野だからこそできる研究、それがこの研究の最大の魅力です。
また、明確に技術の実用化を見据えて研究を進めており、実用化によりバイオ?医療で研究から臨床まで大きく貢献できるという点にも魅力があります。電気電子系の研究成果が直接人を救うことはなかなか無いのですが、この研究は医療と直結しており、人を助ける事に直接貢献すると言う点で非常にやりがいのある研究です。
研究の展望
まずは、研究用機器として2017年にプラズマ遺伝子導入装置の発売を目指しています。そのために、どのような仕組みでプラズマにより遺伝子導入が起こるのかを学術的に解明する必要があります。また実用に向け種々の標的細胞に対して有効であることを実証する必要もあります。これらの課題と平行して、再生医療への展開のため、iPS細胞への遺伝子導入を目指しています。その他、遺伝子だけではなく、タンパクや薬剤などの高分子を生体の皮膚からプラズマ照射により吸収させる技術への応用も進めています。これが実現すれば、注射に代わる痛みのない薬剤投入方法を提供できます。また、植物への分子導入にも取り組んでおり、食糧問題への貢献も目指しています。
プラズマ分子導入装置で痛みのない注射を!
プラズマを照射すると皮膚から生体に遺伝子だけでなく薬剤を吸収させることができます。経口では消化されるため注射でしか投与できなかった酵素などの薬剤をプラズマにより無痛で、しかも看護師や介護士でも投与できる技術を目指しています。
この研究を志望する方へ
電気電子工学の分野では照明や音響などの古典的分野以外は直接人と接する様な研究は珍しかったのですが、近年は、我々のプラズマ遺伝子導入をはじめとして、医療バイオと電気電子が融合したバイオエレクトリックスやバイオメディカルなどの人を対象にした融合分野が急激に重要性を増しています。これまでは物理と数学で事足りていた研究も、化学、生物学や心理学といった分野の知識が不可欠になってきています。このような融合分野での研究を進めるには、広い好奇心と異なる分野の知識を咀嚼してひとつにまとめ上げる柔軟な思考が求められます。我々の研究室では研究を通してそのような能力が涵養されます。ぜひ、いろいろなことに挑戦し柔軟性を育むことを希望する方に、我々と一緒に人類を病から救う新しい技術の確立に取り組んでいただきたいと思います。
研究室のメンバー
社会人や海外からの留学生などの博士課程学生を含めて研究室には30人を超える学生が所属しており、海外の大学との共同研究など活発に研究に取り組んでいます。