宇宙の果てに巨大ブラックホールを探して
※掲載内容は執筆当時のものです。
望遠鏡を使って夜空を観測すると、様々な色や形をした「銀河」と呼ばれる無数の天体を見つけることができます。これらの銀河1つ1つは、数百万から数千億個もの星が寄せ集まって出来ているものです。それぞれの銀河には、私たち人間と同じように、それぞれ誕生したいきさつと成長の歴史があります。銀河の誕生?成長の様子を解き明かそうとする研究は、長年の間天文学の主テーマの1つとなっています。一方で、近年の観測から、多くの銀河の中心部に、太陽の数百億倍にも達するような質量を持つ巨大なブラックホールが発見されるようになりました。これらのブラックホールは、ただ銀河の中に静かに潜んでいるだけではなく、銀河の成長に何らかの大きな影響を及ぼした可能性が分かってきています。しかし、138億年の宇宙の歴史の中で、このように巨大なブラックホールがいつ、どこで、どのように誕生し、どうやって銀河の中心部に落ち着いたのかは、現在のところ未知のままです。私たちはハワイ?マウナケア山頂に設置されたすばる望遠鏡の最新観測データを用いながら、この謎の解明に取り組んでいます。
研究の特色
巨大ブラックホール誕生の謎を探るために、私たちは非常に遠い宇宙を観測しています。天文学では、遠くを観ることは過去を観ることです。たとえば100光年離れた星からの光は、地球に届くまでに100年かかるので、私たちの望遠鏡がいま捉える光は100年前に星を出発した光、つまり100年前の星の姿そのものです。そこで私たちはすばる望遠鏡の能力を最大限に駆使して、およそ130億光年先の宇宙を観測しています。宇宙誕生から現在までに138億年の時間が経っていますが、私たちは、誕生から10億年も経っていない幼少期の宇宙を探っているわけです。巨大ブラックホールはかなり若い宇宙で誕生し始めたと考えられますので、とにかく遠くへ、宇宙の果てまで見通すような観測を行って、その現場を捉えようとしています。ところが良く知られているように、ブラックホール自体から光が発せられることはありません。ただ、ブラックホールが重力によって周囲にある物質を引き寄せ、飲み込むときにそれらの物質から高エネルギーの光が放たれます。この光は「クエーサー」という天体として観測者に捉えられますが、私たちもこのクエーサーの光を目印に、遠い宇宙の巨大ブラックホールを探しています。
研究の魅力
信じがたいほどの大質量を蓄えた巨大ブラックホールと呼ばれる天体が、現代の宇宙に存在することは動かしようのない事実です。その数はおそらく銀河の総数と同程度か、それ以上かもしれません。このような天体がなぜ宇宙に誕生したのかという最も根本的な問いが、まだ答えを与えられないまま、私たちの解明を待っています。世界最先端の望遠鏡を用いてその解明に取り組むということは、科学者としても、単純な1人の人間としても、大変魅力的なことです。また、そんな難しいことを言わなくても、宇宙の果てを自分自身で見渡し、まだ他の誰も知らない新しい天体や現象を見つけることは、とても楽しいものです。天文学は人類最古の科学とも言われますが、科学の持つ生の醍醐味が、ここには変わらず残っているように思います。
今後の展望
私たちは現在、すばる望遠鏡に搭載された最新カメラを用いて研究を進めています。このカメラは広い空に散らばった微弱な光を一度に撮影することができるため、遠い巨大ブラックホールを探索するのに適しています。すでに130億光年先の宇宙で50天体以上の巨大ブラックホールを発見しており、それらの詳しい性質と誕生の経緯をこれから調べようとしています。一方、あと数年先には、すばる望遠鏡に新しい分光(スペクトルを撮る)装置が搭載される予定であり、私たちの探査はさらに急速に進んでいくでしょう。ただ、すばる望遠鏡でも、カメラの特性によって見える宇宙の範囲には限界があります。その先、さらに宇宙の果ての果てまで見通すためには、新しい東京大学アタカマ天文台の赤外線望遠鏡や、アメリカ航空宇宙局(NASA)が2020年代後半に打ち上げる予定の広視野赤外線宇宙望遠鏡など、将来計画にある望遠鏡が必要になるでしょう。これら未来の望遠鏡も駆使しながら、巨大ブラックホール誕生の現場を目がけて、探索を続けていくことになります。
この研究を志望する方へ
私たちはすばる望遠鏡の抜群の観測能力を用いて、世界最先端の研究を展開しています。やるべき事はたくさんあり、意欲に満ちた若い仲間をいつでも歓迎します。もちろん、研究を行うには最低限の基礎学力が必要です。天文学は物理学と数学に基礎を置く学問ですから、高校と大学低年次において、これらの学問をしっかり学んでいただく必要があります。と言っても、ただ勉強ができる、試験で良い点が取れるだけでは不十分です。研究はチームで協力して行う社会活動の1つであり、予想外の展開、失敗、回り道など、気力と体力を試されるようなあらゆる事が起こります。それらを乗り越えていくためには、自分自身の頭で考え、判断し、行動に移すことのできる主体性と、明るく楽しく賑やかに仲間と研究を進められるコミュニケーション能力の2つを、身に付けてきてもらいたいと思います。