1K昆虫トランスクリプトーム進化プロジェクトへの参加
※掲載内容は執筆当時のものです。
遥かなる昆虫進化解明への道
1K昆虫トランスクリプトーム進化プロジェクトは、世界13カ国?地域、43研究機関の研究者101人が参加する国際研究プロジェクトです。本学は、その研究拠点の一つとなっています。本プロジェクトは1K、つまり1000種の昆虫の遺伝子を用い、その進化を明らかにしようとするものです。2014年には昆虫の全分類群をカバーする103種の膨大なゲノムデータに基づき、昆虫の目(もく)間の頑健な系統関係の解明に成功し、研究結果がScience誌に論文として掲載されました(Misof et al., 2014. Phylogenomics resolves the timing and pattern of insect evolution. Science Vol. 346 no. 6210 pp. 763-767, 図1、2)。本論文のインパクトは非常に大きく、トムソンロイター社のWeb of ScienceでHOT Paperと高被引用文献の両方に認定されました。このことは、本プロジェクトの研究成果をきっかけに、昆虫の進化に関する議論が活性化していることを実証しています。
図1:サイエンス誌の表紙を飾った写真 図2:昆虫の系統進化仮説
研究の特色
本プロジェクトの特色は、分子系統学の専門家のみならず、形態学の各分野からも代表的な研究者が参加していることにあります。このことにより、分子系統学的解析結果について、各分野の専門家の間で議論することができます。私は本プロジェクトにおいて、カマアシムシ目をはじめとした採集困難な材料の提供や、昆虫比較発生学(昆虫形態学の一分野)からの系統学的な考察や議論の提供を担当してきました。前述の論文、“Phylogenomics resolves the timing and pattern of insect evolution”においては、分子系統学的な仮説を支持する重要な比較発生学的形質を提示することができました(同論文 Supplementary Materials参照)。
さらに、プロジェクトメンバーによって構成される複数のSubprojectでは超領域的な共同研究が多く発展しています。私は原始的六脚類(六脚類=広義の昆虫類)Subprojectのメンバーとして、様々な共同研究に携わっています。
研究の魅力
昆虫比較発生学では、昆虫の発生を形態学的に分析し、発生のプランが進化の過程でどのように変遷してきたかを考察します。そのためには、野外から材料を採集し、実験室で飼育して卵を産ませなければなりません(図3-5)。これは実験動物を用いる研究と比べて時間もかかり極めて困難ですが、進化を明らかにするためには実験動物以外の重要分類群を用いた研究が不可欠です。
一方で、大変な分だけ野外で採集ができたときや卵を得られたときの喜びは大きいものです。例えば、昆虫の祖先にもっとも近いとされるカマアシムシ目の発生を研究できるのは、世界でも私たちだけです(図4、5)。
このように私たちは、誰も明らかにしていない生物の発生を誰よりもはやく目の当たりにすることができます。また、発生過程でしか観察することのできない形態形質を検討することができることも、比較発生学の魅力の一つです。最終的に、得られたデータから昆虫の進化を考察します。このような長い道のりを経て「何かが新たに理解できた」と思えた瞬間は、この上ない喜びが得られます。
研究の展望
本プロジェクトの研究により、昆虫の初期進化は4億年近くも前に起こったことであることが明らかになってきました。これほど昔に、そして短期間の適応放散により起こった進化の道筋を明らかにすることはどんな方法を用いたとしても容易ではありません。1K昆虫トランスクリプトーム進化プロジェクトからは一つの有力な仮説が提示されましたが、これはゴールではなく、スタートであると考えています。もっとも重要なのは、この仮説を足掛かりにして、さらに議論を発展させていくことです。
現在、昆虫の進化を明らかにしていくためには、分子系統学だけではなく形態学を含め、多面的な検討をしていくことが重要であると解ってきています。昆虫比較発生学は世界中でも日本にしか残っていない貴重な研究分野です。私はこの分野の研究を受け継ぎ、発展させ、次の世代に残していきたいと思っています。
また、1K昆虫トランスクリプトーム進化プロジェクトの各Subprojectからは、今後も様々な研究結果が発表されていきます。本プロジェクトの今後の発展にご期待ください。
この研究を志望する方へ
前述の通り、比較発生学的研究には非常に時間がかかり、苦労も多いものです。また、昆虫比較発生学は昆虫形態学の一分野であり、切片の作成や走査型?透過型電子顕微鏡観察などの形態学的研究手法も重要となります。野外からの採集や飼育と同様に、これらは生物学の基礎的な研究手法ではありますが、近年ではやや希少な研究スタイルとなってきたように思います。最近は、以上のような伝統的な研究手法にコンピューターを用いた3D再構築や抗体染色などの研究手法を取り入れることを試みています。
以上のように、昆虫比較発生学は地道な研究ではありますが、私は実際に生物や自然に触れることを楽しみながら研究を進めています。また、このような地道な研究から、昆虫の進化という大きく魅力的な謎に挑むことにやりがいを感じています。勿論、実験では失敗することの方が成功することよりずっと多いものです。しかし、失敗はいつか成功につながるということもまた、研究生活で学んできました。大切なのは、諦めない事です。同じような気持ちを持てる方がいらしたら、一緒に楽しく研究をしていきましょう。
この研究活動は,教員の実績ハイライトにも掲載されています。
教員の実績ハイライトとは、教員の「教育活動」「研究活動」「社会的貢献」「管理?運営」ごとに、特色ある成果や業績を精選?抽出したもので、学内のみならず学外にも広く紹介することとしています。