学習者の思考を刺激する発問の研究
※掲載内容は執筆当時のものです。
問われると人は考える
問いというのは、必ずしも相手の情報を引き出すだけに使われるのではありません。「今週末は予定が入っていますか?」「アクション映画は好きですか?」といった問いは、単にその答えを知るだけでなく、相手に対して関心や好意を同時に伝えることになります。
問いがもつ力はそれだけではありません。適切に問いかけるとは、人を考えさせることができます。人は問われると自分なりの答えを考えたいのです。学習者に問いを与えながら考えを深めさせるのは、古代ギリシャのソクラテスも使用していた伝統的な教育技法です。
教員が学習者に対して教育的な意図をもって問う行為を教育学では発問と言います。質問の一種と捉えることもできますが、発問と呼ばれるのには理由があります。たとえば、「月の重さはどのように測定するのでしょうか?」という問いかけについて考えてみましょう。この問いかけが学習者から物理学の教員に対するものであれば、答えを知らない人が知っている人にたずねる「質問」です。一方、この問いかけが物理学の教員から学習者に対するものであれば、答えを知っている人が教育上の目的のためにたずねる「発問」になります。つまり、答えを知るためではなく学習を促進するためにたずねることから、質問とは区別して発問と呼ばれるのです。
研究の特色
私は人を育てる方法について研究しています。最近では『アクティブラーニング』(玉川大学出版部、2015年)、『看護のための教育学』(医学書院、2015年)、『看護現場で使える教育学の理論と技法』(メディカ出版、2014年)などの教員や現場の指導者に向けた教授法の書籍を刊行しています。さまざまな分野の教授法についてまとめていますが、発問は共通して重要な技法です。
発問にはさまざまな種類があります。わかりやすい分類のひとつは、クローズドクエスチョンとオープンクエスチョンです。クローズドクエスチョンとは、「愛媛県の人口は減少していますか?」のように、学習者が「はい」もしくは「いいえ」で答えられる発問です。一方、オープンクエスチョンは、「なぜ愛媛県の人口が減少しているのでしょうか?」のように、学習者が自分なりの答えを自由に述べられる発問です。
また学習の目的別にも発問は分類できます。下記の表は、日本の人口減少に関するさまざまな種類の発問を整理したものです。このような枠組みを使って発問を分析することで、効果的な教授法を考えることができるのです。
表:さまざまな種類の発問
基礎知識 | 「出生率はどのような計算式で求めることができますか?」 |
---|---|
比較 | 「都市と地方では人口減少にどのような違いがありますか?」 |
動機や原因 | 「なぜ人口減少が起きているのでしょうか?」 |
行動 | 「人口減少に対して国は何をすべきでしょうか?」 |
因果関係 | 「都市への若者流入は、人口の増減にどのような影響を与えていますか?」 |
発展 | 「この授業で私が説明したこと以外に少子化の原因はありませんか?」 |
仮説 | 「子育て支援が進めば、人口の減少が抑制されますか?」 |
優先順位 | 「少子化対策の中で最も有効な方法は何でしょうか?」 |
総括 | 「A市の少子化対策の事例からどのような教訓が得られますか?」 |
出典:アクティブラーニング 中井編(2015)p.78
研究の魅力
教育学はすべての人に役立つ学問です。それが教育学の研究の魅力と言えます。教えるという活動は、先生と呼ばれる職業についた人だけが行うことのように考えられがちですが、実は誰もが行っていることです。ひとたび親になれば、自分の子どもに言葉、生活習慣、考え方など生きていく上で必要なさまざまなことを教えなければなりません。また、学校や職場の中で後輩や部下ができたら、仕事の進め方を教えなければなりません。日常生活においても教える場面はたくさんあります。つまり、教える立場にならない人はいないのです。
今後の展望
近年の教育改革の一つのキーワードはアクティブラーニングです。教員が説明して学習者が聴いて黙々と学習するだけでなく、ディスカッション、グループワーク、体験学習などのさまざまな活動を含んだ学習が注目されています。活動型の教育を進める上で重要になるのが発問だと私は考えています。教員がどのような場面でどのような問いを学習者に与えるのかという発問の研究がより重要になるでしょう。
この研究を志望する方へのメッセージ
高校までに教育学という授業はありませんが、実際に生徒としてさまざまな授業を受けているので、教え方や学び方に関心のある人はいるでしょう。そのようなみなさんには、「人はどのような時によく学ぶのでしょうか?」という大きな問いを与えたいと思います。大学で一緒にその答えを考えてみませんか。