漫画『キングダム』に至るまでの歴史
※掲載内容は執筆当時のものです。
中国古代?春秋時代の歴史研究
研究の概要
最近、漫画の『キングダム』が人気です。その描く世界は中国古代の戦国時代。秦の始皇帝の若き頃に焦点を当て、戦場を駆け巡る天下無双の武将や軍師たちの活躍を織り交ぜながら、天下統一までの過程が描かれるようです。ところで、その漫画『キングダム』が描く「戦国時代に至るまでの歴史」とはどのようなものだったのでしょう。その時代こそ“春秋時代”であり、これがどのような時代だったのか。その特徴を探ることが私の研究です。
ただ、春秋時代の歴史(=春秋史)の研究といっても様々なテーマがあります。私は、その中で「君主」という存在に注目しました。君主がどのように自分の土地や人々を支配していたのか。それを「統治権」という言葉で表すことができるなら、「春秋時代の統治権」とはいかなるものか。ここに関心をもって史料を読み込んだところ、「君主」には「祖先」という存在が大きく関わっていることがわかりました。現代でもお墓参りや仏壇などによって祖先の存在が感じられますが、当時は生きている人々と同じように祖先が扱われており、様々な視点から君主の有する統治権を探ったところ、その統治権にも祖先が大きく関わっていることがわかりました。
そして、この研究をまとめた『春秋時代の統治権研究』というタイトルの著書を2020年3月に刊行しました。
研究の特色
歴史学の研究対象は「十人十色」です。当時の役人の官職をまとめたり、法律体系を復元する研究は、ある意味「手堅い」ものと言えます(歴史史料がウソを書いていない限り、ほぼ「事実」なので)。このような「外面的」な研究も重要ですが、私が興味を持っているのは、その時代の人が何を思い、どう感じて、どのように生きていたのか、といった「内面的」な部分です。だからこそ、今回刊行した著書でも、一貫して「祖先」という存在に注目しながら分析を行いました。「統治権」というテーマを掲げたうえで、祖先という存在がどのように絡んでいるのか。それを史料の中から見出すことができるならば、それは当時の人々が感じたもので、春秋時代の「生き生きとした世界」が明らかになると考えたからです。
研究の魅力
歴史学において史料(資料)の存在は欠かすことができません。春秋史研究の基本的な史料は、今から2000年以上前に作られたと言われる『春秋左氏伝』(『左伝』)という書物です。『三国志』に登場する「関羽」(ゲームの「三国無双」で知っている方がいるかもしれません)という武将も、この『左伝』の愛読者だったと言われています。その意味で、関羽と同じ書物を読んでいることになりますが、2000年の時を隔てて、歴史上の人物と知識を共有できるのは、古代史を研究する「魅力」だと思います。ただ、2000年以上の長きにわたって読まれてきたため、新しいことを見出すのは至難の業です。砂漠から一粒のダイヤを探すようなものですが、発見した時は「モンドりうって倒れる」くらいの喜びがあります(あの関羽にも勝った気がします)。
今後の展望
中国史に限らず「古代史」というのは、とにかく史料が少ない時代です。だからこそ、春秋史研究では同じ書物が2000年も読み続けられてきました。しかし近年、古代のことが記された2000年以上前の竹簡や木簡が、中国では次々と発見されています。これらはほぼ同時代の資料ということになりますが、当時の人を除いて、2000年間誰も見たことがない資料を現代の我々が見ることができているのです。某漫画の主人公じゃなくても「オラ、ワクワクしてきたぞ」と言いたくなる気持ちが伝わるでしょうか。
今回刊行した著書でも、新たに発見された清華簡『繋年』という出土資料を使って、独自の解釈を提示することができました。しかし、今後も新たな資料が出てくる可能性があります。私の解釈も覆るかもしれませんが、新たな資料の発見により、さらなる春秋時代の「生き生きとした世界」がやがて明らかになる日もやってくるような気がします。
この研究を志望する方へのメッセージ
高校までの歴史は「暗記」がほぼすべてです。大学生になったら、その印象をまずは取り去ってください。年代も人名も覚える必要はありません。大学の歴史学は「考え」ることが重要です。まずは疑問に思うこと。なぜ春秋や戦国といった戦乱の世の中になったのだろう。なぜ秦の始皇帝は天下を統一できたのだろう。何でも疑問に思ってください。
その上で、歴史学では史料にあたることが求められます。特に、中国古代史では「漢文」を読むことになります。漢字が苦手な人もいることでしょう。でも、正直言ってこれは「習うより慣れろ」です。最初は誰も自転車に乗ることはできません。転ぶうちに乗ることができるようになるものです。漢文という史料を読みつつ、歴史の「なぜ」を問いかける研究。2000年以上前の古代中国の世界を一緒に「考え」てみませんか。