体験に基づく街路景観の読み解き方

研究の概要

 私たちが住む街や訪れた街を理解するとき、街路は大切な役割を果たします。なぜなら私たちの街の理解は、そのほとんどが街路を通ったときの体験に基づくものだからです。つまり、人はひとつひとつの街路を歩いた体験を紡ぎ合わせながら、街を理解しているのです。したがって、良い街には必ず豊かな街路の体験があります。景観研究と言うと美しい景観や街路をつくりだす研究だと捉えがちですが、私は、こうした豊かな街路体験を読み解いていくことが景観研究だと思っています。

研究の特色

 それでは、どのような体験が街路、そして街の魅力となるのでしょうか。私の研究室では、街路を設計する土木工学や建築学の技術と、人の心の動きを探求する心理学や認知科学の知見を融合し、その体験に迫っています。例えば、魅力的な映画を視聴した際に時間がゆっくり経過していると感じることがあると思います。こうした主観的時間の歪みはFDI; Filled-Duration Illusionと呼ばれますが、人間は FDIが生じると魅力的だと感じる傾向があることが指摘されており、街路のどのような要因によりFDIが発現するのか、心理実験により解き明かすことを試みています。

研究の魅力

 研究によって明らかとなった知見を踏まえ、街路をはじめとした公共空間のデザインに取り組んでいます。デザインにあたっては、公共空間を管理する行政のみなさん、設計する設計事務所のみなさん、利用する住民のみなさんと話し合いを重ね、デザインに磨きをかけていきます。社会実験と称し、プロトタイプを作成して、使い心地やデザイン上の課題を確認することも多いです。こうしてデザインに携わった公共空間が完成し、住民のみなさんが思い思いに過ごす姿を見たり、自分自身で公共空間を体験したりするその時間は、何事にも代え難い幸せな時間です。

今後の展望

 これまで、ある瞬間における街路体験に焦点を当てて研究を進めてきましたが、人は無意識のうちに過去の経験を利用する生き物です。したがって、先行する街路体験が今経験している街路体験に影響を及ぼしている可能性が考えられます。こうした先行する行動やかつての記憶に着目しながら、感情の移ろいや無意図的に現れる微細な行動の違いを捉えるために、脳波や眼球運動をはじめとした生理心理学的なアプローチを駆使しながら研究のさらなると深化と拡張を図っています。

この研究を志望する方へのメッセージ

 公共空間は、多くの人が、長きに渡り使用します。街路であれば、その道が友人と連れ立って歩く通学路になったり、幼い子どもの手を取り進む散歩道になったりします。あるいは、人生の節目となる特別な日に通る道になるかもしれません。さらに、いまを生きる人はもちろん、50年後、100年後の人たちも同じ様にその道を歩くことでしょう。景観工学の目的は、こうした人が豊かに生きることのできる環境を創造することにあります。良い景観は、人の心を、生活を豊かにする。そう信じて知恵を絞り、デザインの現場に身を投じることは実にやりがいのあることだと思っています。