難病の克服を目指して
※掲載内容は執筆当時のものです。
糖鎖と筋ジストロフィー
研究の概要
筋ジストロフィーは遺伝子の異常が原因で筋力が徐々に弱くなっていく病気で、現在のところ有効な治療法が存在しない難病です。20年程前になりますが、私たちは、ある種の筋ジストロフィーが、生体にとって重要な翻訳後修飾のひとつ「糖鎖」の異常によって生じることを明らかにしました。発症に関わる糖鎖の構造や、糖鎖を合成する酵素の正体など、長きにわたり論争の的でしたが、私たちは世界に先駆けて糖鎖構造の全容解明に成功し、その中から哺乳類では存在が知られていなかった「リビトールリン酸」という新しい化合物が存在することを発見しました。
糖鎖の異常によって発症する筋ジストロフィーのなかに、福山型筋ジストロフィーという日本で多くみられる病気があります。この病気は他の筋ジストロフィーと違い、脳や神経にも障害がみられます。福山型筋ジストロフィーは日本人の手によって、40年以上前に発見され、20年以上前にフクチンという遺伝子の異常で発症することが明らかになっています。フクチン遺伝子の機能は長年の間不明だったのですが、私たちはリビトールリン酸を作る酵素としてフクチンが働いていることを最近発見しました。この発見によって、福山型筋ジストロフィーという病気が生じる仕組みが明らかになったのです。
現在は、私たちが明らかにした病気のメカニズムを基に、治療法の研究を進めています。日本人の名を冠した、日本に多い病気について、日本人の手によって原因遺伝子や発症メカニズムが明らかになったわけですから、治療法も私たちの手で開発し、患者さんやご家族のもとに届けたいと思っています。
研究の特色
糖鎖という言葉は聞きなれないかもしれませんが、核酸やタンパク質に次ぐ第3の生命鎖と呼ばれるほど、生体にとってなくてはならない物質です。しかし、糖鎖特有の複雑な構造や生合成の仕組みが難題で、ゲノムやタンパク質など他の生命医学領域と比べ研究の進展が遅れている感は否めません。しかし逆にいえば、糖鎖がコードする生物学的情報を読み解くことで、今まで明らかにされなかった生命現象や病気の解明につながる可能性に期待がもたれており、今後大いに注目される研究領域のひとつです。
糖鎖には未知なことが数多く残されているのですが、リビトールリン酸がヒト細胞の糖鎖の中に存在していたことも驚きの発見でした。もともとリビトールリン酸はバクテリアの細胞壁の成分であることは知られていたのですが、バクテリアの成分がヒトの体でも使われていること、ましてや、その異常が病気の原因になることは大きなインパクトをもって伝えられ、教科書を書き換えるほどの成果を残しました。このように基礎研究から病気の克服につながる芽(シーズ)を見出せたことは、大学(アカデミア)ならではの研究といえるかもしれません。
研究の魅力
繰り返しになりますが、リビトールリン酸が哺乳類の体内で使われていることは、私たちが論文発表するまで誰も知りませんでした。基礎研究を地道に行うことで、誰も想像しえなかった事実が明らかになることは、研究の魅力のひとつだと思います。
私たちが研究している筋ジストロフィーという病気は、Rare Disease(難病)であり、世界的にみても研究資金や人的パワーが十分といえない時代も少なからずありました。一方で、機会は多くはありませんが、国内外で患者さんやご家族の生の声を聴くこともありました。そのような貴重な体験が私たちの研究のモチベーションにもなっています。実はこの10年程でRare Disease研究を取り巻く環境は変わり始めています。ひとつひとつのRare Diseaseは稀でも、実に数千種以上もあるRare Diseaseをまとめると、決してRareではないのです。現在は、世界的にみても、産?学?官でRare Diseaseの克服に取り組んでいます。その中のひとつに私たちの研究も含まれています。研究には時代の潮流を切り拓くという魅力もあるのです。
今後の展望
私たちがこれまで行ってきた筋ジストロフィー研究は基礎研究です。病気の克服を実現するためには、橋渡し研究、臨床研究と進めていく必要があります。今後は、臨床医や製薬企業と共同して治療薬の開発に進んでいきたいと思っています。愛媛から筋ジストロフィー治療法を世界に発信して、一刻も早く、患者さんやご家族のもとに治療法を届けたいと思っています。また、福山型筋ジストロフィー以外にも、原因や治療法がわからない病気は少なくありません。私たちは、筋疾患や認知症などに目を向けて、これまで培ってきた遺伝子機能解析、糖鎖機能?構造解析、ゲノム編集法といった技術をフル稼働したうえで、時代の先端をいく技術や若い発想なども積極的に取り込み、病気の解明と治療法の開発を進めていきたいと思います。
この研究を志望する方へのメッセージ
研究の発展には学際性(様々な分野の視点や方法)が不可欠になってきました。もちろん国際的な共同研究も重要です。医学の分野においても、様々な領域との連携によって病気のメカニズムが解明されたり、治療法が開発されたりしています。逆も然りで、病気を研究する過程で思いがけない基礎学術的な発見に出会う時もあります。ですので、私たちは専門性など問わず広く人材を求めています。研究には皆さんが想像している以上の苦労が伴うかもしれません。ただ、困難でチャレンジングな研究を最後まで成し遂げることが、研究者としてのレベルアップ、すなわち、世界に通用する人材として次のステップへと踏み出すことにつながることでしょう。私たちとの研究を通じ、愛媛大から世界へとはばたく研究者を送り出したいと願っています。