中国の日本語教科書の中の日本
※掲載内容は執筆当時のものです。
中国の大学生は日本人をどのように見ているか
近年のニュースや世論調査は中国人の日本観について、好感度が極めて低く、日本イメージも典型的な日中戦争の“記憶”から離れていないことを伝えています。これは日中間に頻繁に起きる事件とそれに伴って噴出する“反日感情”に象徴され、またその根底には日本の残酷で野蛮な行為を教える歴史教育と今なお繰り返し放送される戦争ドラマの影響があることも事実です。
しかし一方では、若者を中心に日本のサブカルチャーは大変人気で、歌手やドラマだけでなく、村上春樹などの現代作家の翻訳もベストセラーとなり、熱狂的なファンもいます。当然、こうした彼らも小学校から歴史教育を受け、戦争ドラマや各地にある戦争記念館で戦争時の衝撃的な場面を目にしてきましたが、日本文化に対する憧れや熱中する様子は他の国や日本の若者と同様です。私自身が中国の大学で教えていた時に感じたことですが、今の中国には日本に対して好意的な若者とそうでない若者がいて、そのどちらも心の内に日本に対して自分でも形容しがたい、相反する複雑な感情や葛藤を持っているのです。
私の研究は、中国の大学生、とくに日本語を専門的に学ぶ学生たちが、激しい反日感情が渦巻く中で、日本?日本人に対してどのようなイメージを持っているのかを探ろうとしたところから始まりました。
2007年には中国の4つの大学と日本の2つの大学でアンケートを行い、お互いの国民イメージや外国語の学習動機を調査しました。その結果、中国の学生は、私たち日本人の予想とは異なるプラスイメージを日本人に対して持っていて、しかも日本人が中国人を評価する以上に、彼らは日本人を高く評価していることが分かりました。また、日本語学科の学生はその他の学科の学生とは明らかに違う日本人イメージを持ち、そのイメージを形成する上で日本語教科書も大きな役割を果たしていることを突き止めました。
そうして、大学の日本語学科で使用されている教科書を中心に、日本語教科書が伝える日本?日本人像を明らかにしていくことが私の研究の中心になりました。
研究の特色
日本イメージを形成する要因はマスメディアの他、文学作品や映画などたくさんありますが、日本語教科書に登場する日本?日本人像に着目した研究は、私の知る限りではこれまで見られませんでした。教科書の中身の変容を探り、中国の日本に対する捉え方の変化と意図を明らかにすることは、それを学んだ若者たちがどのような日本観を培うかを予測し、将来の日中関係を新しい角度から分析することができると考えています。
研究の魅力
教育の変遷やその目的を明らかにすることから、その国の人の精神や思想の一面を解明することができます。私の場合、他者を“理解したい”という気持ちが研究への意欲となり、また面白さを感じる部分になっているので、そうした気持ちや疑問を大事にしています。
また、自分と違う文化や社会の中で育ち、これからの国際社会を担っていく若者たちが日本をどう見ているのか、それを知ることは日本人の一人として日本という国を考えるきっかけにもなります。日本の中にいても日々外国人と出会う機会がたくさんあり、自分が日本人の一人として相手に日本を紹介するような場面は唐突にやって来ます。私にとっては日本語の授業で出会う留学生たちがそうであり、彼らの日本や日本人に対する見方を僅かでも理解し、これからの日本との関係について語ることができたりすると、改めてこの研究の魅力を感じます。
研究の展望
現代の中国における日本語教育と大学生の抱く日本?日本人観については、中国?台湾を研究対象としている研究者たちと一緒に出版した『中国?台湾における日本像―映画?教科書?翻訳が伝える日本』にまとめることができました。
次は、日中戦争の前から日本敗戦までの「旧満州」地域における日本語教育に注目しています。この時代から現代までの日本語教育の歴史を俯瞰(ふかん)することが私の目標です。
この研究を志望する方へ
日本語教育を専門的に勉強して外国人に日本語を教える道へ進むと、改めて日本について考えなければならないことが頻繁にあります。その時、日本人としてだけでなく、学習者の側から日本がどのように見えているかを知っておくことは大きな手がかりとなります。他国の社会や文化に興味あるいは疑問を持ち、他者を理解したいと思う気持ちが出発点になり、そこからどのような研究方法でそれを解明できるかを考えていくといいと思います。そんな時、私の経験からアドバイスできればと思っています。