日欧史的村落対比研究
※掲載内容は執筆当時のものです。
「ああ、そう言えば…」から始まる史料発掘
私が取り組んでいるのは日欧村落史的対比研究です。この日欧村落の対比(parallel and contrast)研究という方法は、対象同士に異なる特徴を見出すことにあるのではなく、むしろ相互の独自性を認めた上で相互の相似?共通性を発見していこうという問題意識に由来するものです。人は違う点よりも共通する?似ている点の方が多いからです。比較して優劣を競うものではなく、対比による認識の共有?相互理解を通して創造にむすびつけることを望んでいます。
これまで日本と英国双方の研究チームを組織しました。その対話を通じて日本では、旧上田藩上塩尻村を、英国ではケンブリッジ州ウィリンガム教区を中心に20年来の研究が進行中です。また、最近研究対象を欧州の各地域に拡大してきています。
研究の特色
経済生活の最小基本単位である家族?世帯の歴史に着目します。私の専門はもともとイギリス近世農村経済史なので、史料ができるだけ豊富に残存する村落を見だし、コミュニティとその中の家々についての総合研究を目指しました。
人間の家族史を研究するにあたって、手に入る限りの史料を調べます。その中には、遺言書も入ります。現代の遺言書は財産分与が主ですが、私が主として対象とするのはいわゆる産業革命が起きる前で、その頃の人々は財産分与のみならず、いろいろな知恵や技術をも含めて、何かしら気にかかることについての対応を言い残したのです。魂が天国に行きますように。亡きがらをどうするか。まだ小さい子どもがいる場合、養育について。教会の指導によってフォーマットが割と一定化され、作成したものを教会に預けています。それが13世紀から18世紀の間だけでもイギリスでは200万件ほど残っていて、読むことができます。
他方、日本は多くの史料が残る上に、家系図大国です。貴族?武家階級はもちろん、農民?庶民階層でも現在にいたるまで、多くの家々に家系図が残されています。そうした系図?系譜を扱う学問を系譜学といいます。家系図は、自家の祖先を遡ることを主な目的にするので、系譜学と私が専門とする社会経済史?歴史学との架橋が積極的になされることは、これまでほとんどありませんでした。しかし、家系図の群として新たに相互に連結させると、同時代人がみていた過去の世界をわれわれに垣間見せる窓の役割を果たし、系譜学と歴史学との結節点をも提供します。この情報資源の有効利用をおこない、欧州祖国の農民?庶民レベルにおける家族の国際比較も可能になるのです。
とくに、イギリス社会経済史の分野で重要さを増しつつある上記の史料、遺言書を最小限の家系情報とみなすことで、既存150万件分の遺言書データベースを家系譜データベースに転用するという方法も本研究が打ち出すものです。
このように日本?英国、さらにヨーロッパ大陸における国柄?文化的背景はそれぞれの独自性をもちますが、家系図?家系情報という点においては比較も容易です。
研究の魅力
人間生活のさまざまな現象を一度に扱える学問が経済学です。そして経済史は生活の歴史です。そこで見出されてくるのは、ある普遍的な現象です。お互いに横のつながりがあって、助け合いながらやっている地域に家は残ります。一つの家だけが突出して豊かで、あとは全部滅んでというのでは続きません。ウィリンガムも上塩尻もそうですが、そこそこ同じくらいの感じの人が、仲良くやって、目立たず続いていっています。
研究の展望
この二つの村は特殊な村ではなく、コミュニティとして共通点が多いと考えていますので、まずモデルを作ります。モデルを作ったあと、他の似たような村をいくつか調べると、一種の遺伝子構造のようなものが見えてくるのではないかと期待しています。DNAでできた人間が作るものはやはりDNA様のものを含んだものになってくるのではないかと予測しています。人間のDNAが社会のDNAを形成する」という見通しのもとに、このミクロコスモスを描きたいと思っています。「大は小に宿る」のです。
この研究を志望する方へ
まず、家に帰ったら、あなたのご家族に「うちに家系図、ない?」と聞いてみて下さい。すると、案外「ああ、そう言えば…」と物置にしまったおいた家系図を取り出してくるかもしれません。そして、もしあったなら、私に是非教えて下さい。平家の落人だったりします。私のところは、実は5代前くらいの先祖が家系図屋から安物を買ったらしく、記載に初歩的なミスが目立ちます。信憑性は限りなくゼロに近いですが、源義経の子孫です(笑)。もちろん、家系図が残されている場合、他の史料も多く残存する可能性も高いので極めて有望です。