実験生態系における藻類と原生動物間の細胞内共生の進化
※掲載内容は執筆当時のものです。
「ガラスボトルの中の生態系でおこる生物進化」
生物の進化は地球上で起こった生命の歴史を表していますが、現在でもゆっくりと進行しています。私たちの研究室では、進化が起こる仕組みを現生の生物を調べて理解するのではなく、世代時間が短い微生物を使って実験室で生物が進化する過程を直接観察しています。
試行錯誤を経た後、無機塩のみ含む培養液を入れた300 mlのガラスボトルの中に、生産者である藻類(クロレラ)、これが分泌する有機物を利用して増殖する細菌(大腸菌)、そして細菌を捕食して増殖する原生動物(テトラヒメナ)の3種を混合し、光を照射するだけで3種が安定して共存する微小生態系を作成することに成功しました(図1、2)。
私たちは、この生態系モデルを構成生物名のイニシャルを取ってCETマイクロコズムと名付けました。マイクロコズムとは“小宇宙”という意味です。これを用いて生態系の中での生物の進化の仕組みを調べています。これまで13年間培養を継続し、藻類と原生動物との間に細胞内共生が、また藻類と細菌の間に細胞外共生が進化しつつあることが観察されました(図3、4)。
詳しく調べた結果、生態系内の資源が枯渇し物質がリサイクルによりゆっくり循環するフェーズに入ると、藻類は細菌と共生するタイプとは別に集塊を作り、原生動物の細胞内に取り込まれて内部で共生するタイプの二つに分化し進化することが明らかになりました。また、藻類が原生動物や細菌に利益を与える分子的な機構も徐々に明らかにされています。例えば、進化した藻類は、オリジナルの藻類よりもスクロースやグリセロールをより多量に細胞外に分泌していることが明らかになりました。
図3 左:テトラヒメナ細胞内に藻類(赤)が存在する。 右:藻類(赤)の集塊の内部に細菌(青)が存在する。
図4 テトラヒメナ細胞内で藻類は生きている(左:明視野撮影,右:酵素活性を持つ生きた藻類細胞を蛍光染色[左と同じテトラヒメナ細胞])。
研究の特色
進化が起こる仕組みを、進化の結果である現生の生物を調べて理解するのではなく、世代時間が短い微生物を使って実験室で進化する過程を直接観察する方法が近年行われるようになってきました。しかし、光だけ照射すれば構成種が存続するような生態系をまるごと用いた実験進化の研究は、これまで行われていませんでした。この点で、CETマイクロコズムを用いた進化研究は、生態系の中で生物が進化する仕組みを生態学の視点から明らかにする強力なツールになります(図5)。例えば、物質がリサイクルによりゆっくり循環するフェーズ(生態系の成熟相)で共生が進化するという実験結果は、このような実験モデルがあってこそ明らかにできた知見です。
研究の魅力
従来の研究は、現生の生物種を解析することによって共生やその他の種間関係の進化を研究してきましたが、ある形質が進化する前の生物たちがどのようにそれを進化させるのか、という問いにはうまく答えられません。ミクロな実験生態系は、このような問いには非常に有効な手法です。実験生態系は数多く複製することができます。様々な実験条件を設定し、数多くの歴史を観察することによって、巨大な時空間スケールで起こる生態系の中の進化の仕組みを“手のひらサイズの生態系”で解析することも不可能ではありません。
研究の展望
私は、生態系は構成生物を進化させる装置だと考えています。つまり、生態系という生命維持システムが有限の物質を循環し部分部分の生物の相互作用を制約して、それらの進化の方向を規定していると考えています。このことをCETマイクロコズムを用いて実証していきたいと思います。特に、共生の進化に関しては、異種の生物間の協調(利益供与)や裏切り(搾取)が生態系の状態とどう関わっているかについてより詳しく解析するために、これらの進化をDNAのレベルでも詳しく解析する計画です。
この研究を志望する方へ
エッシャーというオランダの画家を知っていると思います。私は彼のだまし絵が好きですが、特に「滝」という絵が好きです。この絵のおもしろさは、どの部分を見ても正しく描けているのですが、全体を見るとおかしいところです。この絵では、正しい部分たちが不正につなぎ合わされているのです。この絵は、全体は部分には存在しない情報を持っていることを教えてくれます。
生物学は、個体を細胞の集まりとして、さらに細胞は分子の集まりとして、より小さな基本的な構成要素に分解して理解することによって、大きく発展してきました。しかし、小さなものに分解して生命を理解することには限界もあることを、エッシャーの絵が教えてくれるような気がします。生態系と生命進化との関係については、まだ答えられないことが数多くあるのです。