固体に棲む電子たち
※掲載内容は執筆当時のものです。
多数の電子群が創り出す量子力学的世界の神秘をさぐる
電子は身のまわりにある最も身近な素粒子で、日々みられる物質や生命の多彩な現象は、電子の振る舞いによって決まっています。電子は、電流や磁石の源となる電荷とスピンという属性をもち、多数の電子が物質の個性に合わせて協調的に運動すると、電気抵抗ゼロの超伝導現象のような、常識では考えられない量子力学の神秘が日常生活に顔を出します。
私は、このような多数の電子が創り出す新しい量子力学的現象を探索し、その特性と原理の解明に取り組んでいます。特に、電子軌道に着目した現象の発見と解明が最近の主要研究テーマです。新しい現象の発見は、物理学に新たな概念をつけ加え、その理解をより深いものにし、また、未来の材料、エネルギー源、電子デバイスなど幅広い分野の発展にも貢献します。
研究の特色
多数の電子が協調して創り出す現象は、個々の電子の運動からは予想がつかないほど全く異なるもので、その解明は多体問題とよばれる難問です。
このような難問に取り組むため、素粒子研究で発展した場の量子論の手法、最先端アルゴリズムを応用した数値シミュレーション、様々な近似理論を柔軟に組み合わせ、物理現象の背後にあるイメージを損なわないように配慮しながら、実験家と協力して理論を構築しています。
最近では、時間的な揺らぎに加えて、空間的な揺らぎも考慮する新しい計算方法や、量子モンテカルロ法の新アルゴリズム開発に加え、電気と磁気の複合秩序である多極子秩序の発見など、世界をリードする研究を行っています。
研究の魅力
物質の個性を背景とした多数の電子の協調現象は、これまでに知られていない全く新しい状態を創発する可能性を常に秘めていて、場合によっては世界を一変させることも起こりえます。例えば、室温で機能する超伝導体が発見されれば、世界のエネルギー消費形態や電子?電気機器の設計は根本から変更されるでしょう。
また、この研究分野は物理学だけに留まらない幅広い分野や諸概念と関連していて、広い世界観を体感できるとともに、多くの興味深い人々と交流できる点も魅力の一つです。「世界(宇宙)は実にうまくできている」と感嘆することもしばしばです。
研究の展望
計算機の性能が著しく飛躍したおかげで、一昔前には不可能と思われた高度な数値計算にもとづく機能材料の設計も可能になってきました。計算機による物質設計は物質特性の定量的予測を可能にしますが、原理の知られていない未知の電子状態を見つけることはできません。
創発にはひらめきが必要で、さまざまな基本概念の本質を捉えたイメージがひらめきにつがなると考えています。素晴らしいひらめきで世界を一変させるような電子達の新しい姿を見出したいものです。
この研究を志望する方へ
複雑な人間関係や世界経済、個々の要素は単純でも、たくさん集まると簡単には予測できません。そして、我々が既によく理解していると考えていることにも、不思議な現象はまだまだ隠れていて、些細なことにも鋭い感受性をもつことが突破口につながると思います。
朝永振一郎博士いわく「ふしぎだと思うこと これが科学の芽です。 よく観察してたしかめ そして考えること これが科学の茎です。 そうして最後になぞがとける これが科学の花です。」
花を眺めるだけではなく、芽から花まで一連の育成過程を楽しめる方々の積極的な参入を期待しています。