日本古代国家の研究
※掲載内容は執筆当時のものです。
交通と情報伝達の視点から
日本の特質として、天皇(大王)を核とする古代国家(畿内政権→律令国家)の姿を基層とする特殊な歴史を持つと指摘されることがある。こうした指摘の当否は別にしても、天皇を中心とする古代国家のあり方がその後の歴史を規定したことは事実で、その成立過程と本質を明らかにするため様々な視角より検討されてきたが、私はそれを「交通」(広義の交通)という視点より検討しようとしています。
日本の古代国家は、百余国の「小国」が存在した国家成立の端緒、「倭王」を代表とする「倭国」が成立?展開した国家成立過程、国家確立過程の7世紀代を経て、701年の大宝律令の制定?施行により律令国家(日本国)として確立したと考えられている。こうした古代国家の成立にとって、重要な役割を果たしたのが海外との交通(交流)であり、それが我が国のあり方に多大な影響を与えており、海外との交通(交流)を無視することはできません。ただし、対外交通は国内交通と無関係ではないことよりしても、列島内部における王権と諸在地首長との交通の実態と特質の解明は欠くことができない。そしてこの場合の「交通」とは、駅伝馬制度というような制度ではなく、商品経済や流通経済という経済的領域、戦争や外交という政治的領域、文字や法の伝播という精神的領域での広義の交通をいい、こうした広義の交通の視点より検討すべきと考える。
研究の特色
東アジア世界の一員であった我が国が、その国際関係のなかでどのように古代国家へと展開したかのかという視点が従来の主流であったが、そうした国際関係のみで古代国家の成立を考えるのではなく、列島内部における広義の交通の視点から考えようとするのが私の研究の特色である。そのため、『日本古代水上交通史の研究』(吉川弘文館、1985年)で経済的領域の交通を、『古代国家と瀬戸内海交通』(吉川弘文館、2004年)で政治的領域の交通を検討した。そして、残された精神的領域での交通を情報の発信?伝達?受容との視点で纏めたのが『日本古代の交通と情報伝達』(汲古書院、2009年)であり、こうした情報の発信?伝達?受容という視点より、日本の古代国家の特質を明らかにしようとしたことが特色であるといえる。
研究の魅力
歴史研究は過去の文字資料より歴史を明らかにするのですが、新たな歴史を発掘するためには、未知の文字資料の発見が必要であったことは、埼玉県の稲荷山古墳出土の鉄剣銘や評木簡が果たした役割でよく知られています。しかし、こうした新発見は偶々のことで極めて少ないのが現実で、既存の史料より新史料を見つけ出すことこそが学問の要諦といえます。それは、今まで無関係と考えられていた史料のなかに関連性を見いだすということです。そのためには従来とは異なった視点で史料を読むということが重要で、そうした視点を見つけ出すことこそが研究の醍醐味であるといえ、私の研究で言えば「交通」という概念を広げて、既存の史料を見直すと言うことです。
研究の展望
残された課題としては、精神的領域の交通研究の中心をなす情報と世論形成とが如何なる関係にあったのかという点と、出土文字資料を主とする新たな資料論(史料批判)を構築するすることです。そのためには近接諸科学との共同研究が不可欠であり、それを深化するには共通の枠組を構築することが必要で、「情報の発信?伝達?受容」はその中心テーマになりうると考えています。さらに、「日本史における情報伝達と世論形成の研究」との視点で他大学の研究者との共同研究を推進しており、その成果も近く公刊する予定です。
この研究を志望する方へ
本研究だけでなく全ての研究は、研究課題を見つけることからはじまるのですが、検討課題を見つけることが重要です。どんなテーマでもいいので自分で見つけ、関連史料をできる限り収集し、その史料批判を踏まえて史料解釈をするという基礎作業を、様々な視点より何度も繰り返し、問題点を見つけ出すことです。問題点を見つけることができたら研究は半ばまで進んだといえます。自分の考えを相対化して歩き出すことが重要です。