プレスリリース

診療ガイドラインの社会実装手法を初めて確立

誰もが推奨される医療を受けられるようになることへの期待

本発表のポイント

  • 本研究では日本全国での多施設共同研究体制のもと、176の医療機関が連携して、精神科医に対して統合失調症とうつ病の診療ガイドラインの講習会を開催し、受講者の処方行動が変化するかについて大規模解析を行いました。
  • ガイドライン講習受講者は、診療ガイドラインの推奨する処方に一致する薬物療法を行うようになることが見出されました。
  • 診療ガイドラインの講習会が精神科医療における推奨治療と実際に行われている治療のギャップの是正に有効であることが明らかになり、本研究の成果が診療ガイドラインの社会実装に役立つことが期待されます。

本研究成果は、日本時間2023月9月9日(土)午後1時に「Psychiatry and Clinical Neurosciences」オンライン版に掲載されました。

概要

国立研究開発法人国立精神?神経医療研究センター(NCNP)精神保健研究所精神疾患病態研究部の橋本亮太部長を代表者とするEGUIDEプロジェクト(「精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究:Effectiveness of GUIdeline for Dissemination and Education in psychiatric treatment」)(略称 EGUIDEプロジェクト)(特記事項に詳細あり)による、オールジャパンでの多施設共同研究体制のもと、2016年から2019年にかけて精神科病床を有する176の医療機関、782名の精神科医師が、統合失調症とうつ病のガイドライン講習を受講しました。参加医療機関の統合失調症患者7,405名とうつ病患者3,794名において、ガイドライン推奨治療の施行割合を、ガイドライン講習に参加した医師が担当しているか否かで比較し、ガイドライン講習の講習効果を検討しました。統合失調症では、推奨治療である他の向精神薬の併用の有無を問わない抗精神病薬単剤治療率(下図左)、抗不安薬?睡眠薬の処方なし治療率、他の向精神薬の併用のない抗精神病薬単剤治療率が、受講医師の方が受講しない医師に比べ有意に高い結果でした。うつ病でも、推奨治療である他の向精神薬の併用のない抗うつ薬単剤治療率(下図右)、抗不安薬?睡眠薬の処方なし治療率が、受講医師の方が受講しない医師に比べ有意に高かったことが明らかになりました。これらの結果から、ガイドラインの推奨治療の普及に対する、ガイドライン講習会の有効性を見出しました。

研究の背景

本研究グループは今までに、統合失調症とうつ病のそれぞれに対する標準的な治療である抗精神病薬単剤治療率と抗うつ薬単剤治療率が0~100%と病院によって大きくばらついており、均てん化(全国どこでも標準的な専門医療を受けられるよう、医療技術等の格差の是正を図ること)が必要であることを明らかにしてきました。また、統合失調症とうつ病の治療ガイドラインのそれぞれ1日の講習を受講することにより精神科医のガイドラインに対する理解度が顕著に向上することから、講習の受講が治療抵抗性統合失調症のクロザピン治療を含めた精神科の標準的な治療の普及に寄与することが期待されていましたが、処方行動の変化についての検証はこれまでにありませんでした。そのため、本研究において、ガイドラインの講習が、医師の処方行動に変化を及ぼすのか検証を行いました。

本研究が社会に与える影響(本研究の意義と展望)

本研究により、講習会の受講が、診療ガイドラインの知識を増やすことに加えて、処方もガイドラインの推奨に沿ったものに変容させることが示されました。現在様々な医療領域において、診療ガイドラインが作成されていますが、臨床現場で実際に活用される、すなわち、社会実装されるためにはどうすればよいのかは明確ではありませんでした。このような講習会活動が、精神科領域のみではなく、全ての診療領域や全ての診療ガイドラインにおいて行われるようになれば、診療ガイドラインの社会実装は進みます。そして、全国のどこにいても、誰もが診療ガイドラインの推奨する治療を受けるようになることが期待されます。

用語解説

※ 診療ガイドライン:
患者と医療者を支援する目的で、臨床現場における意思決定の際の判断材料の一つとするために、 科学的根拠(エビデンス)に基づき、系統的な手法により作成された推奨を含む文書。

※ 統合失調症:
約100人に1人が発症する精神障害。思春期青年期の発症が多く、幻覚?妄想などの陽性症状、意欲低下?感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害等が認められ、多くは慢性?再発性の経過をたどる。社会的機能の低下を生じ、働くことが困難で自宅で闘病する患者が多く、日本の長期入院患者の約70%が統合失調症である。

※ うつ病(大うつ病性障害):
約100人に3-16人が発症する精神障害。抑うつ症状、興味や喜びの減退、不眠、食欲不振、不安?焦燥、意欲低下、罪悪感、思考力の減退などが認められ、社会機能の障害を引き起こす。

特記事項

本研究は、EGUIDEプロジェクトに参加する多数の研究機関による多施設共同研究です(下図)。EUGIDEプロジェクトは、全国の 270 以上の精神科医療施設が参加する「精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究」で、精神科医に対してガイドラインの教育の講習を行い、ガイドラインの効果を検証する研究を行うものです。精神科領域において、治療ガイドラインの効果を検証した研究は未だなく、全く新しい試みであると言えます。今後、EGUIDEプロジェクト を推進することにより、精神科医に対するガイドラインを用いた教育が行われ、より適切な治療が広く行われることが期待されます。

研究支援

本研究成果は、以下の支援によって行われました。
※ 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED) 戦略的国際脳科学研究推進プログラム (JP16dk0307060, JP19dk0307083, JP22dk0307112),
※ JSPS科学研究費補助金(JP21K17261).
※ 厚生労働科学研究費補助金 障害者政策総合研究事業(精神障害分野)(H29-精神-一般-001, 19GS1201).
※ 日本精神神経学会
※ 日本精神神経薬理学会
※ 日本臨床精神神経薬理学会
※ 日本うつ病学会

原論文情報

論文名:Effect of education regarding treatment guidelines for schizophrenia and depression on the treatment behavior of psychiatrists: A multicenter study.
著者:Naomi Hasegawa, Yuka Yasuda, Norio Yasui-Furukori, Hisashi Yamada, Hikaru Hori, Kayo Ichihashi, Yoshikazu Takaesu, Hitoshi Iida, Hiroyuki Muraoka, Fumitoshi Kodaka, Jun-ichi Iga, Naoki Hashimoto, Kazuyoshi Ogasawara, Kazutaka Ohi, Kentaro Fukumoto, Shusuke Numata, Takashi Tsuboi, Masahide Usami, Akitoyo Hishimoto, Ryuji Furihata, Taishiro Kishimoto, Toshinori Nakamura, Eiichi Katsumoto, Shinichiro Ochi, Tatsuya Nagasawa, Kiyokazu Atake, Chika Kubota, Hiroshi Komatsu, Hirotaka Yamagata, Kenta Ide, Masahiro Takeshima, Mikio Kido, Saya Kikuchi, Tsuyoshi Okada, Junya Matsumoto, Kenichiro Miura, Taichi Shimazu, Ken Inada, Koichiro Watanabe, Ryota Hashimoto,
掲載誌:Psychiatry and Clinical Neurosciences
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/pcn.13578
DOI:https://doi.org/10.1111/pcn.13578

本件に関する問い合わせ先
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国立研究開発法人国立精神?神経医療研究センター
精神保健研究所 精神疾患病態研究部 部長 橋本亮太(はしもと りょうた)
電話:042-346-1997 FAX:042-346-2047
E-mail:ryotahashimoto55(a)ncnp.go.jp

報道に関するお問い合わせ

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