新しい高分子合成法の開発研究
※掲載内容は執筆当時のものです。
金属錯体触媒を駆使して、これまでにないポリマーの合成法を開発します。
ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレンといった炭素?炭素結合が長く繋がった構造を持つポリマー(C-Cポリマー)は、化学製品として我々の身の回りでも重要な役割を担っています。これらのポリマーはこれまで、炭素?炭素二重結合を持つビニル化合物と呼ばれる原料(エチレン、プロピレン、スチレン)から合成されてきました(ビニル重合)。我々は、この炭素?炭素結合骨格を、2つの炭素ユニットから合成する(ビニル重合)のではなく、1つの炭素ユニットから合成するという合成法[ポリ(置換メチレン)合成]の開発に取り組み、ジアゾ酢酸エステルという化合物にパラジウム(Pd)触媒を作用させて、エステルが結合した炭素が数百個も繋がったポリマーの合成法を、世界で初めて開発しました。
エステル部分に様々な置換基を有するジアゾ酢酸エステルを合成し、これをこの重合法を用いてポリマーにすることにより、ポリマー鎖の周囲にその様々な置換基が集積(●が高密度に集まっている)した高分子を合成することが可能になりました。これらのポリマーは、ビニル重合により得られる同じ置換基を有するポリマーと比べて、置換基が集積していることによる特徴的な性質が現れることを明らかにしています。
研究の特色
金属錯体触媒を用いたジアゾ酢酸エステルの重合は、銅触媒を用いた中国のグループ(2002年)と我々(2003年)が独立に論文発表しました。その後、2006年にオランダの研究グループ(アムステルダム大学のde Bruin氏ら)がロジウム(Rh)錯体を用いた重合を発表しています。現在世界中で、ジアゾ酢酸エステルから、エステルの結合した炭素が数百個以上つながったポリマーを合成する技術を持っているのは、我々とオランダのグループのみですが(中国のグループの手法では数十個しかつながらない)、両グループの論文は主にアメリカ化学会発行の国際学術誌に掲載され、世界の高分子化学者から注目されています。
上述のように、C-Cポリマーは炭素?炭素結合からなる主鎖骨格の安定性や、その炭素に結合する置換基[例:ポリプロピレンではメチル(Me)基、スチレンではフェニル(Ph)基]を変えることによりポリマーの性質が大きく変わるという特徴などから、高分子材料として極めて有用です。我々の研究は、このC-Cポリマーの世界に、全ての炭素に様々なエステルが結合した構造の合成実現という、全く新しい展開をもたらしました。この研究のさらなる進展により、将来、社会で役に立つ数々の新しい高分子材料が開発される可能性があります。
研究の魅力
例えば、バケツやポリ袋(ポリエチレン)、車のバンパー(ポリプロピレン)、光ファイバーや有機ガラス(ポリメタクリル酸メチル)、食品包装ラップ(ポリ塩化ビニリデン)、フライパンの表面加工(テフロン)、炭素繊維の原料(ポリアクリロニトリル)等々、ビニル重合により合成されるポリマーが社会で役立っている例は数え切れない程あります。そのポリマーを、従来何十年も使われてきたビニル重合ではなく、ジアゾ酢酸エステルと遷移金属錯体を用いて1炭素ユニットから合成するという、まさに革新的な高分子合成法の開発に、我々は成功しました。
現在、de Bruin氏らと我々だけが開発に成功しているこの独自の技術を用いて、上述の例と同様に社会に役立つような性質を持つポリマーを合成できる可能性があるということが、この研究の大きな魅力だと思います。
研究の展望
この重合法をより完成されたものに近づけるために、達成しないといけない大きな課題があります。それは、ポリマーの分子鎖の長いもの、短いものを、自在に作り分けること(分子量の制御)と、ポリマー主鎖の置換基が結合した炭素の立体構造を、規則的に制御すること(アイソタクチック、シンジオタクチックと呼ばれるものをそれぞれ正確に作り分けること)です。このポリマーの分子量と主鎖の炭素の立体構造の規則性は、ポリマーの材料としての性質に極めて大きな影響を与えます。従って、有用な性質を持つポリマーを合成するには不可欠な要素です。これを実現するのは極めて困難な課題ですが、用いる金属錯体触媒の構造を変化させていくことが有効だと考えて、現在、試行錯誤を重ねています。
この研究を志望する方へ
今回紹介した研究以外にも、全く新しい高分子合成手法の開発を目指した研究を行っています。このような研究は、高分子化学の中では地味な分野ですが、本当に新しい高分子材料を創り出すには、革新的な高分子合成法の開発が不可欠です。我々のオリジナルな合成法を使って、これまで世の中に存在しなかった有用な高分子材料を合成するという研究は大変やりがいがあります。我々と一緒に、そんな研究を楽しんでみませんか?