近代化遺産を活用した公共とビジネス
※掲載内容は執筆当時のものです。
ポスト工業社会の地域再生を考える
日本経済史研究室では、歴史遺産?ヘリテージを軸にした調査および教育活動(ゼミナール)に取り組んでいます。とくに、私の専門である日本経済史に関係する、近代化産業遺産が中心です。世界遺産のおかげで、遺産?ヘリテージという言葉はすっかり有名になりました。でも、遺産は皆さんの身近にもあるものなのです。
工業化に依存していたこれまでの地域発展は、道路や港など生産活動を支える施設が優先されてきました。しかし、これからの地域の活力は、創造的な人びとを惹き付ける地域の魅力や生活環境が重要になるだろうといわれています。文化財や近代化遺産の価値の再発見には、保存?活用のための活動によって地域を活性化させる力も備わっています。私のような大学の歴史研究者は、遺産の学術的評価やその歴史的根拠を提供することで、研究活動の成果を地域に還元することができます。
このように、地域の遺産を発見したりその価値や活用方法を考えたりする中から、内外の人材を定着させる吸引力を持つ、脱工業化社会の発展の可能性を探っています。
研究の特色
ゼミナールや研究会を通じて、活動の中心となっているのが西条市にある鉄道関係の資料です。この資料は、「新幹線生みの親」といわれる元国鉄総裁?十河信二氏(旧制西条中学卒)が保管していたもので、「十河信二文書」と呼ばれています。2010年から、この「十河信二文書」の目録作成作業や、地域遺産や産業観光資源の整備?活用に向けたシンポジウムなどに学生と一緒に参加してきました。経営内部の一次資料、しかも日本最大級の経営組織のトップマネジメント資料に触れる体験はなかなかできるものではありません。その点、わがゼミの学生は本当に貴重な体験をさせていただいています。
研究の魅力
近代化遺産や産業遺産は、10年ほど前から急速に知られるようになってきました。2014年度には「明治日本の産業革命遺産九州?山口と関連地域」が世界遺産候補としてユネスコに推薦されることを知っている人もいるかと思います。また、「富岡製糸場と絹産業遺産群」も暫定リストと呼ばれる国内候補に入っています。経済史というのは劇的な事件が対象ではない地味な分野で、また資料発掘を除くとほとんどの時間を研究室で過ごすのですが、産業遺産はこのように社会的な注目を浴びている存在でもあり、学外へ出かけて地域と関わりながら活動できる研究対象です。
研究の展望
研究活動の中心としている産業遺産をもっと活用するために、これから注目していきたいのが「産業観光」です。これは、工場見学や製造体験など現役の産業活動も含めて、これまでの工業社会の財産とこれからの知識社会の人びとの余暇活動とを結びつけることで、地域を再生する試みです。日本では、名古屋が先進的に取り組んでいることで知られています。地域の人と外部の人が交流することで地域の活力を生むことにもなりますし、社会性のあるビジネスとして展開していくことが期待される分野です。
この研究を志望する方へ
どの地域、そしてどの国にも歴史遺産はありますが、世界遺産から身近な遺産までその中身や保存、活用などはさまざまです。どんな遺産を大切と考えて継承していくかも、地域そして時代によって変わってきます。いろいろな地域に出かけていくこと自体が楽しい活動ですし、そうした比較は地域の特色や現代社会を考えるきっかけにもなるでしょう。